さようなら、大瀧詠一さん

大瀧詠一さんが亡くなった。ナイアガラ・カレンダーやナイアガラ・フォール・スターズを聴きまくっていた中学時代の僕にとっては、iconというべき巨人だった。 ネット上では一部のやりとりしか紹介されていないようだが、日本のロック史を考える上で高い資料…

多和田葉子『言葉と歩く日記』より

今月21日に発売された、多和田葉子『言葉と歩く日記 』(岩波新書、2013)を読む。文ひとつひとつが立っていて、独特の魅力があるので、ついついと読み進めてしまう。魅力があるというのは、たとえばこんな一節。 日本語にはトルコ語と似たところがある、とい…

土門拳『写真随筆』より

土門拳の『写真随筆』(1979,ダヴィッド社)の一節によい言葉があった。引いておく。 ・・・その結論が、対象に淫してはならないの一言に尽きるのである。・・・いい古されたことだが、対象に対してきびしい主体性を確立しなければダメである。・・・主体性と…

ダニエル・スターン死す

発達心理学者ダニエル・スターンが亡くなった。享年78才。The New York Times誌の死亡記事はこちら 僕は、彼の著作にはいつも関心を寄せてきた。それは彼の著作には常に、乳幼児のこころを理解する視点の確かさと、人間の発達や変化の本質をつかみ、自らの…

現代夢研究の入門書

J.Allan Hobson著『Dreaming』。Oxford University PressのA Very Short Introductionシリーズの一冊。夢研究の第一人者、Hobsonの手になる夢についての入門書。これまでの夢研究の歴史、現在の到達点などがシンプルにまとめられて、とても読みやすく、かつ…

ポストモダニズムに見られる知的欺瞞性

ポストモダンの言説の欺瞞性を暴いたことで知られるソーカル事件。この事件の顛末を詳しく紹介し、意義と問題点を明確に示した金森修の著作、『サイエンス・ウォーズ』(2000, 東京大学出版会)を読む。サントリー学芸賞(2000)受賞の一冊。精神分析を学ぶ際…

ダニエル・スターンのvitality論

ダニエル・スターンの2010年の著作、Forms of Vitality(Oxford University Press刊)を読んだ。人間の活動の基盤で作動しているvitalityを鍵概念として、人間心理についての定式化をこころみた野心的な書。 スターンはvitalityを生命性のあらわれととらえ、こ…

フロイトの生家をStreet Viewで確認する

フロイトの生地フライベルグについて調べるついでに、Google mapで生家の場所を確認してみた。すると、ここであることがわかった。Street Viewで正面に見える小さな黄色い家が、フロイトの生家である。 なおnocteさんが、この生家を2010年に訪問されている。…

プラトンの芸術観

プラトンの芸術観を確認したくて、『イオン』を読む。プラトン全集10(1975, 岩波書店)から、森進一訳で。森進一は演歌を唄うだけでなくて、こういう学術的な仕事もしているのか。さすがだ。 さて『イオン』は、吟誦詩人イオンと、ソクラテスの対話篇であ…

タビストックにおける、ボウルビィの仕事のはじまり

Jeremy Holmesによるボウルビィの解説本『John Bowlby and Attachment Theory (Makers of Modern Psychotherapy)』に、彼がタビストックで仕事をはじめた当時のことが書いてある(pp.26-29)。以下に、短くまとめておく。 第二次大戦後、Bowlbyはタビストック…

ボウルビィによる、クライン派への批判

ジョン・ボウルビィは1957年、英国分析協会で、「The Nature of the Child's Tie to His Mother」を発表した。動物行動学的視点を導入して乳児の行動について検討した論文だったが、この論文は強烈な批判にさらされた。とくにクライニアンからの批判は、かな…

『異邦人』におけるムルソーの誠実さについて

カミュ『異邦人』を読んで思ったこと。昭和41年改版の新潮文庫で読む。 過度の単純化という誹りを覚悟しつつ述べるならば、主人公ムルソーは、ある種の自閉症的世界にに生きている人だ。ムルソーは、母親の死に際しても情緒をうまく体験することができず、泣…

チクセントミハイの精神分析批判

遊びやゲームについての「フロ−理論」で有名なチクセントミハイの主著『楽しみの社会学』に目を通していて、精神分析を批判しているところがあったので引いておく。原題はBeyond Boredom and Anxiety。1975年、Jossey-Bass, Inc.刊。日本版は今村浩明訳、197…

精神分析過程で生じる神経学的変化

著作『Affect Dysregulation & Disorders of the Self 』と『Affect Regulation & the Repair of the Self 』で有名なAllan Schoreの最新論文集『The Science of the Art of Psychotherapy 』から、第4章「Right Brain Implicit Self at Core of Psychoanal…

現実=クソゲー論

多根清史著『教養としてのゲーム史』。ちくま新書。2011年刊。主に日本製のビデオゲームの名作をとりあげて、フリーライターの著者が解説を加えた一冊。インベーダーやパックマンなど、初期のゲームを懐かしく思いだしながら読んだ。 その中の一節。 とある…

情動と感情が生命体にはたす役割

アントニオ・R・ダマシオ著『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』。原書はLooking for Spinoza- Joy, Sorrow, and the Feeling Brain。2003年刊。邦訳はダイヤモンド社から2005年刊行。田中三彦訳。 情動と感情の生命体における位置づけとその…

医療における個人情報取り扱いの状況

守秘義務に関する現在の状況について確認するために、厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」をチェックする。平成22年9月17日改正版と、このQ&Aを主に見る。 プライバシーについて考えるために、重要な点。…

秘密の心理

小此木啓吾『笑い・人みしり・秘密―心的現象の精神分析』(創元社、1980年刊)を読んでいて、印象的な一節に出会った。 そもそも秘密は、秘密にされる内容の如何によってではなく、むしろ、何ごとかを「秘密にしよう」とし、その「秘密を保とう」とする主体…

原田憲一先生による記述現象学の評価

続けて、記述的精神医学関連の文献を読む。原田憲一『精神症状の把握と理解』、中山書店刊。2008年。この中に、ヤスパースの仕事についての積極的な評価の一節があったので引いておく。 しかし思うに、記述現象学が精神症状の抽出、概念化に重要な貢献をした…

ヤスパースの言う「記述」とは

「記述的精神医学」を理解する必要がでてきて、まずはヤスパースの『精神病理学原論』をチェック。1913年刊。みすず書房の西丸四方訳で確認する。本書の前半で、ヤスパースの基本的考えが説明されているので、そこを簡単にまとめておく。 脳と精神とのはたら…

自己意識の生起と視覚のかかわり

イーフ−・トゥアン『個人空間の誕生―食卓・家屋・劇場・世界』せりか書房。1993年。原題は、Segmented Worlds and Self. 1982. University of Minnesota Press. もとはプライバシーはあまり意識されない社会があった。しかし空間が分節化され、個人空間が生…

あまりにもくだらない旅行記

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』を読んだ。村上春樹、吉本由美、都築響一の三人が「ちょっと変な場所」を選び、そこを訪れて書いた旅行記集。2004年、文藝春秋。 三人が訪問した場所は、名古屋、熱海、ハワイ、江ノ島、サハリン、そして清里。非常に絶…

Therapeutic actionの要素について

G.O.GabbardとD.Westenの共著論文『Rethinking therapeutic action』 Int. J. Psycho-Anal.,84:823-841.に目を通す。 精神分析的心理療法において、治療的効果をもたらす介入は何なのか。解釈なのか、治療関係なのか、あるいは他の要素なのか。この問題につ…

「黒塚」と恥の感情

もう少し見られることの恥ずかしさについて考えるために、謡曲『黒塚』を読む。新編日本古典文学全集 (58) 謡曲集 (1)(1997年、小学館)から。 物語はこうだ。阿闍梨祐慶(ワキ)が、同行の山伏(ワキツレ)と宿を借りる。その女主人(シテ)は「夜寒だから…

ガンバの冒険と勇気について

斎藤惇夫『冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間』を読んだ。1972年。今回読んだのは岩波少年文庫版。 小学生の僕がよく見たテレビ番組に、『ガンバの冒険』がある。いまでも記憶の中に残っているのは、ラテン系のはじけるようなテーマソングにのって活躍するネ…

守秘義務について語るクリストファー・ボラス

さらにプライバシーについて考えるために、The New Informants: Betrayal of Confidentiality in Psychoanalysis and Psychotherapyを読む。95年、Jason Aronson刊。独立派の分析家クリストファー・ボラスと、精神分析に造詣の深い法律家Sundelsonの共著本。…

サルの笑いについて

サルの情動について理解したいと思い、京都大学霊長類研究所編『新しい霊長類学』を読んでみた。講談社から2009年に刊行された、ブルーバックスの一冊。霊長類学の最新の知見がわかりやすくまとめられていて、とても読みやすく面白い本だった。 なかでも正高…

春画における「隠す」と「見せる」

「見せる」「見られる」の違いについて考えるために、田中優子著『春画のからくり』を読む。2009年、ちくま文庫。 著者によれば、春画は「隠す」と「見せる」の相克の中で発展してきたのだという。まず江戸初期の春画は、基本的に性交を「見せる」ために描か…

オグデンのプライバシー論

オグデン著『もの想いと解釈―人間的な何かを感じとること』(2006)から「プライバシー、もの想い、そして分析技法」を読む。原書はReverie and Interpretation: Sensing Something Human.(1997, Jason Aronson)。 この論文でオグデンは、人が感情や思考を真に…

ヒポクラテスの「誓い」

プライバシーと、それを守るために必要な守秘義務confidentialityについて理解を深めるため、もう少し書物を渉猟する。ヒポクラテス『古い医術について 他8篇 』。1963年、岩波文庫。 この書には、対象をていねいに観察し、その背後で動いている原理を概念を…