ヒポクラテスの「誓い」

 プライバシーと、それを守るために必要な守秘義務confidentialityについて理解を深めるため、もう少し書物を渉猟する。ヒポクラテス古い医術について 他8篇 』。1963年、岩波文庫
 この書には、対象をていねいに観察し、その背後で動いている原理を概念を用いてとらえていく思考のダイナミズムがあふれており、経験医学の黎明期ならではの熱気が感じられる。それまで迷信的説明しか世に存在しなかったことを考えれば、無からこうした学問体系をうちたてた古代ギリシャの知のパワーは、まさに圧倒的だ。
 守秘義務の一節は、「誓い」の中にある。

 治療の機会に見聞きしたことや、治療と関係なくても他人の私生活についての洩らすべきでないことは、他言してはならないとの信念をもって、沈黙を守ります。(p192)

 ただ、この義務を守る理由については書かれていない。
 守秘義務とは無関係だが、次の一節が印象的だった。臨床家が常に意識しておかなくてはならない重要なことだと感じた。

 経る時の中に機会は含まれている。しかし機会は長い時を含んではいない。治療は時の経過による、しかし機会によることもある。しかし医療は、このことを知りながらもあらかじめもっともらしい理説を頼りにこれを行うのではなく、実地に理説を配しながら行うのでなければならない。・・・明瞭な印象によらずに、もっともらしい理説の製造にたよるならばそれはしばしば困った忌むべき状況をもちきたす。すなわちこの人々は袋小路に入り込むのである。(pp181-182)

古い医術について 他8篇
古い医術について 他8篇ヒポクラテス 小川 政恭

岩波書店 1963-07-16
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