オグデンのプライバシー論

 オグデン著『もの想いと解釈―人間的な何かを感じとること』(2006)から「プライバシー、もの想い、そして分析技法」を読む。原書はReverie and Interpretation: Sensing Something Human.(1997, Jason Aronson)。
 この論文でオグデンは、人が感情や思考を真に体験できるようにするには、プライバシーが大切にされる必要があると考え、この立場からフロイトが提案した「こころに浮かぶことを何でも話して下さい」という「基本規則」を批判する。

患者に対して心に浮かんでくることをすべて話すように勧めるのは、私には分析過程を生成しようとする努力と逆行するものに見える。(p79)

 それはなぜか。この理由を説明するために、オグデンはここでウィニコットの主張を引用する。

 (ウィニコットの引用文)・・・それぞれの個人は孤立しており、永遠に知られることがない、つまり、見つけられることがない・・・それぞれの人間の中心には外部との連絡を絶たれた要素があり、これは神聖で、最も保存する価値のあるものである。(p78)

 つまりオグデンは、ウィニコットと同様に、人のこころにはプライバシー/パーソナルな孤立が存在していて、それこそが健康な人間的体験の中で中心的役割を果たすものだと考えている。それに対して「何でも話してもらう」基本原則を採用してしまうと、このこころの領域を大切にできなくなる、というのだ。
 ではこのプライバシー/パーソナルな孤立を大切にするためには、患者にどう言えばいいのか。オグデンは次のようなメッセージを伝えるのがよいと考えている。

 私は面接を、あなたが言いたいときに言いたいことを言い、私は私自身のやりかたで答える、そんな時間だと思っています。それと同時に、私たちのどちらにとってもプライバシーを保てる余地が常になければいけません。(p83)

 患者と治療者のプライバシーを大切にすることが重要な意義を持つことを前提にすれば、沈黙に対して治療者が行うべき解釈も当然変化することになる。

 長い防衛的な沈黙が起こったときは、患者のプライバシーへの欲求と、沈黙を通じて転移的なコミュニケーションをすることへの欲求の両方を認めて解釈することが重要である・・・(p84)

 人には、他者に−それがたとえ治療者であっても−知られたくない、こころのか弱い部分がある。この弱さに対して十分な配慮を行うこと、そしてそこに触れたときの痛みへも配慮すること。こうした配慮の大切さを静かに語るオグデンの確かな治療観が、この本の副題「人間的な何かを感じとることsensing something human」に深くこめられているように感じた。

もの想いと解釈―人間的な何かを感じとること
もの想いと解釈―人間的な何かを感じとることT.H. オグデン Thomas Ogden

岩崎学術出版社 2006-10
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