ポストモダニズムに見られる知的欺瞞性

 ポストモダンの言説の欺瞞性を暴いたことで知られるソーカル事件。この事件の顛末を詳しく紹介し、意義と問題点を明確に示した金森修の著作、『サイエンス・ウォーズ』(2000, 東京大学出版会)を読む。サントリー学芸賞(2000)受賞の一冊。精神分析を学ぶ際にも意識しておくべき論点があったので、ふたつ抽出しておく。
 金森は、「ポストモダニズムの堕落」の典型例としてカルビン・トーマスの本の次の一節を取り上げる。

「肛門・男根・・・は価値を奪われた換喩的隣接性のなかで機能し、男根状の糞塊という概念は隠喩的代置の領域のなかで機能する」(p84)

 そして金森は、この一節を次のように批判する。

 デリダラカンやらの概念装置を何の批判的感覚もなく受け入れ、彼らのレトリックにある程度習熟することが自己目的化されるとき、このようなタイプの言説が生まれる(p84)

 金森が示すこのような力動は、日本においても「思想家」の文章や、精神病理や精神分析の言説の中でも時に認められるものだ。
 またソーカルとブリクモンは1997年に『「知」の欺瞞』を出版し、この本でラカンクリステヴァボードリヤールドゥルーズ=ガタリなどのフランスの現代思想家たちを取り上げ、彼らが自然科学由来の概念を濫用し、そしていかに誤用しているかをあからさまに示したが、この本に触れた際のクリステヴァ−彼女は分析家でもある−の反応を、金森は以下のように紹介している。

 クリステヴァはこの扱いに激怒して、本書をフランスバッシングの一環として捉え、二人の著者に精神病治療を受けさせるべきだなどと放言しているらしいが、彼女自身が精神分析に詳しい人であるからには、他人をそんな風に罵倒する前にもっと自己分析に専念すべきだろう。(p.88)

 この金森の批判は痛烈だ。ただここで金森が触れているクリステヴァのエピソードは、『「知」の欺瞞』の著者ソーカルとブリクモンの論文で紹介されたものなので、本当にクリステヴァがそのように放言したかは確実とは言えず、それゆえこのエピソードに基づいて彼女を断罪するのはフェアとは言えないだろう。ただ、このエピソードが本当のこととして感じさせられるような知的傲慢さが、一部の精神分析家や分析的臨床家に見られることは事実である。
 この『サイエンス・ウォーズ』という著作は、学問的誠実さとは何か、ということについて考えさせられるだけでなく、専門的概念を使いこなせる自分の姿に酔いしれることの醜さ、滑稽さを自覚するためにも非常に有益な一冊だ。

サイエンス・ウォーズ
サイエンス・ウォーズ金森 修

東京大学出版会 2000-07
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