ビジネス・エシックスの教科書を読んでみた

これが選んだ教科書。

Business Ethics: Problems and Cases

Business Ethics: Problems and Cases

昨日の文献でおおまかにビジネス・エシックスの主たる問題を把握したものの、あまりに短い論文であったため、もうすこし体系的な本がないかと考え本屋で洋書を探してみた。見つけたのが、ビジネス・エシックスの教科書。欧米のビジネス専攻の学生のために書かれた本だが、読み始めてみるとビジネスエシックスの問題点が整理されていて理解しやすく、また豊富な具体例と絡めて説明されているので飽きさせない。一気に最後まで読んだ。教科書という制約上、各論的な問題を深めることはできていないが、ビジネス・エシックスの導入書としてはなかなかの好著だと感じた。

ということで、備忘録がわりに簡単なサマリーをしてみる。

目次
1 ビジネスにおける倫理的論証
2 汚れた手
3 ステークホルダー
4 市場における倫理
5 マーケティングと広告の倫理
6 機会均等、差別、アファーマティブ・アクション
7 企業会計における倫理 
8 環境
9 内部告発
10 倫理規定と組織の倫理
11 国際ビジネスの倫理

では第1章から、整理する。

1 ビジネスにおける倫理的論証
○倫理とは何か
 倫理的な問題はそもそも曖昧であり、明快な論証ができないものである。アリストテレスは「ニコマコス倫理学」で、倫理についてはおおまかな概略をつかめればそれで満足すべきだと述べた。
 ethicsの語源は古代ギリシャのethikos−習慣と伝統にまつわる権威−という言葉にある。キケロがこの語をラテン語に移す際、mosという言葉を選んだ。そこからmoralという言葉が生まれた。
 19世紀にヘーゲルがこの二つの語の意味を整理した。彼の分類では、ethicsは習慣的規範と社会での行動のあり方を表す言葉とされ、moralityはそうした規範に関する検討や倫理原則の確立などを含んだ活動を示す言葉とされた。しかし彼の分類に誰もが従っているわけではない。この本では、一部の例外を除き、同じ意味を持つ言葉として使用する。
 では倫理とは何か。ここでは二人の定義を紹介する。

 倫理とは、その人の行動を理性によって導こうとする努力である。(レイチェルズ)
 倫理は、行動を導くルールや原則、思考の道筋に関わるものである。(シンガー)

トップダウンアプローチと、ボトムアップアプローチ
 倫理の論証には、トップダウンアプローチとボトムアップアプローチがある。
 前者は、全ての人間活動をカバーするような倫理原則をまず明確化し、それを各事例に適用していくアプローチである。たとえば帰結主義、義務論などの倫理原則から、各事例の倫理的妥当性を判断することなどである。
 一方後者は、個人的な−おおむね直感や感情に基づいた−倫理的判断を、第一の原則として適用して良いとする立場である。
 通常のビジネスにおいては、一般的な倫理原則を適用することで対処できる場合も多いだろう。しかし突然困難な倫理的問題が発生したときには、原則に依拠しては解決できず、経営者自身が直感的に判断せざるをえなくなることもある。そうした判断においては、経営者の人格、あるいは徳というものが重要になる。
 それゆえどちらか一つだけで、行為の倫理的妥当性を根拠づけることはできない。

○反照的均衡
 第3の道として、原則と具体的事例をいきつもどりつしながら倫理的判断を行う方法がある。これが反照的均衡である。一般にはこれが最適の方法といえるだろう。

以下、代表的な規範倫理学説の説明が行われる。詳細は略す。
帰結主義
○カントの義務論
○徳倫理学
相対主義

 個人的にキリスト教文化の影響下で生まれた規範倫理学帰結主義と義務論−は、政策決定や組織の方針の決定の際に準拠枠として一定の有用性があるのは確かだが、臨床家として患者と接する際の倫理的判断においては有用性はそんなに高くない。そもそも人間を相手にしているときに「〜すべき」という価値判断を有していると、「〜すべきなのはわかっている。でもできない」という問題で困っている患者との情緒交流が困難になってしまい、場合によっては患者を追いつめてしまう場合もある。たとえばアルコール依存の人に対して、酒害を筋道だてて説明し「酒を飲んではいけない」と伝えても、それだけでは治療的効果は得られない。そうした判断を伝える際に、治療者の側がどれだけ腹がすわっているか、患者の酒を飲んでしまうことに対する患者自身の情けない感情や自己嫌悪に対してどこまで共感的に理解できるか、患者に対してどれだけ真剣であるか、あるいは誠実か、といった側面こそが治療的により重要である。

 レイチェルズのいうように、倫理とは本質的に人間の行動を理性に基づいて導くものであるとしても、そうした理性的判断がその人の人格の基底の情緒的部分とどれだけ繋がりを有しているかが重要なのであって、その繋がりがないままに下された規範倫理学的な価値判断は、人の行動を良い方向に導くという観点から言えば、あまり実効性の乏しい言質となるだろう。

 それはビジネスでも同じはずだ。ビジネスというものが商品、財、サービス、貨幣の交換を通じた人と人との交流であるとするならば、必ず同じことが言えるはずだ。