精神療法の実践的学習-下坂幸三のグループスーパービジョン

精神療法の実践的学習―下坂幸三のグループスーパービジョン
精神療法の実践的学習―下坂幸三のグループスーパービジョン広瀬 徹也

星和書店 2004-11
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 この本は帝京大学精神科学教室において実施された、下坂幸三氏による精神療法のグループスーパービジョンの記録である。研修医が担当した摂食障害4例と、精神病状態1例の治療に関する事例検討会における参加者の発言がそのまま採録されており、実際に検討会に参加している感覚が味わえる臨場感あふれる本だ。既に亡き下坂氏の、そのすぐれた臨床の一端に触れることができるということ点でも価値の高い本といえるだろう。

 下坂氏の助言にはいくつかの特徴的なパターンがある。
 一つは、患者が主観的に体験しようとしていないアンビバレンツを体験してもらえるように介入するよう勧める、というパターン。一般的な精神分析的精神療法でも、体験されていない葛藤を体験してもらえるような介入を行うことが重視されているが、下坂氏の場合はより能動的な介入を行うことも辞さない点が特徴的だ。場合によっては治療者が患者をたしなめたり、叱ったり、という介入もありだ。この点について氏は、患者に対して優しいだけではだめで、「辛口が必要です」とも述べている。
 次に、治療者の個性というものを重視し、個性に応じた自分なりの治療を確立することを大切だと述べるパターン。各研修医の特徴をとらえて、その個性を尊重しようとしている。
 もう一つは、家族同席面接を重視し、治療者の前で家族の病理を表に出してもらうことが良い、と助言するパターン。この際、患者にやや肩入れをすることが重要とも述べている。さらに、氏は家族が怒鳴り合うようなら、そのまま怒鳴り合いつづけさせればよい、とも述べている。治療者の前で病理を表に出し、それが治療者によって受け止められることの治療的意義を踏まえての発言だろう。
 
 患者の中で体験されていない葛藤が、より広い人間関係の中で展開され、それが受けとめられることによって、次第に患者自身がその葛藤に向き合えるようになり、成長を遂げていく、という治療モデルは精神分析心理療法において一般的に受け入れられているが、私はこのモデルは妥当なものだと思っている。
 この場合、通常は治療者がその展開の受け皿になることが想定されているが、その受け皿が、その患者に関わるより大きな集団であってもよいと私は思っている。というより、その方が望ましいことさえ多いと思っている。
 そういう観点から言って、下坂氏の助言は概ね賛成できるものであった。
 ただ、怒鳴り合う家族をそのまま怒鳴り合わせればよい、という助言については、全面的には首肯できない。私なら「隣の面接室に響いて困るので、声を落としてくれ」とか、外的な現実を伝えて、一定の制御をかけるだろう。常に枠組みを意識しながら病理に向き合うということが、その病理のおさまりどころを見つける上で重要だと思うからだ。
 そのことについての結論はともかく、そんな風に、下坂氏の助言と自らの実際の介入とを比較し、自分の臨床を振り返ってみることができる、なかなかに楽しい一冊だ。

 さらにうれしいのは、下坂氏と帝京大学の医師たちによる振り返りの座談会が付録としてついていることだ。症例を呈示した研修医だけでなく、編者の広瀬徹也教授、精神科学教室から池淵恵美、内海健、功刀浩、さらにゲストとして柏田勉、島田巌、南光進一郎、といった医師たちが参加しておられるが、優れた精神療法家である下坂氏を前にしているためなのか、発言者が自らが受けた研修を振り返る中で精神療法に関する私的な思いを吐露されることがあり、そういう点で(やや野次馬的なものではあるが)興味を引かれた。
 また下坂氏が「尊敬する他者が心の中に棲みついていないと、長い間この稼業をやっていくことは難しい」と述べるくだりは印象深かった。本当にそうだと思う。