中根千枝著『タテ社会の人間関係』を読む

 組織論がらみで、中根千枝著『タテ社会の人間関係』を再読。
 いまや古典となっている、日本社会論の傑作である。
 刊行後41年を経過してもなお基本的な理論の骨格は全く陳腐化しておらず、いまなお古典としての命は衰えることはない。せっかくなので前半だけだが要約しておく。

 まず彼女は、日本人の集団意識は「資格」よりも「場」におかれている、という。

 日本人が外に向かって(他人に対して)自分を社会的に位置づける場合、好んでするのは資格よりも場を優先することである。記者であるとか、エンジニアであるということよりも、まずA社、S社の者ということである。・・・この集団認識のあり方は、日本人が自分の属する職場、会社とか官庁、学校などを「ウチの」、相手のそれを「オタクの」などという表現を使うことにもあらわれている。
 この表現によく象徴されているように、「会社」は、個人が一定の契約関係を結んでいる企業体であるという、自己にとって客体としての認識ではなく、私の、またわれわれの会社であって、主体化して認識されている。(pp30-31)

 ただ、単に場を共有しているだけでは構成員の同質性は低くなり、集団としての結合性は弱くなる。社会集団として安定させるためには、強力な恒久的な枠、「家」や組織などの外的な条件を必要とする。さらに、その結合を強化しようとすれば、一体感を生じさせることと、集団内の個々人を結ぶ内部組織を生成させることが必要となる。
 この際、一体感を醸成するために、家族的な紐帯が重視されるが、それが職員とその家族を「丸抱え」することとしてあらわれ、従業員の私生活にまで会社の組織が及ぶことになる。
 こうした組織は、閉ざされた世界になりがちで、「社風」が重視されることになると同時に、ウチとソトとの区別が重要になり、結果的に社交性が欠如することになる。また

「他流試合」の楽しさとか、きびしさもなく一生を終わってしまうというおおぜいの人間が生産される。個性とか個人とかいうものは埋没されないまでも、少なくとも、発展する可能性はきわめて低くなっている。(p52)

 こういう中で生きていると、二つの組織に同時に属した人は、「あいつ、あっちにも通じてやがるんだ」と言われてしまうことになり、一つの組織にしか属せなくなる。こうした特性を持つ日本社会は、単一社会となる。
 こうした社会では、人はヨコの関係から切れてしまうので、「タテ」の関係がその人を規定してしまう。そのため、タテの組織が安定化するように、過剰なまでの序列化が行われることになる。たとえば、同じ実力と資格を有する旋盤工であっても、年齢、入社年次、勤続期間の長短などによって、序列が生まれるように、同じ資格、身分を有していても、つねに序列による差が意識され、また実際にそれが存在する。
 この序列を決めるのは、多くが年功序列であって、能力主義がとられることはまずない。それは、以下のような人間観をもっているからである。

伝統的に日本人は「働き者」とか「なまけ者」というように、個人の努力差には注目するが、「誰でもやればできるんだ」という能力平等観が非常に根強く存在している。(p77)

年功序列の意識は、日常生活に蔓延しており、たとえば日本人は敬語の使い方に非常に敏感であるし、部屋で座ろうとしても「上座」「下座」を意識しつつ、席が自然に決定されていくことになる。こうした生活のリチュアルの中で、年功序列の意識がさらに強固なものになっていくことになる。
 
 と、この本の前半だけをまとめてみたが、後半から一つだけ落ち穂拾いをしておくと、日本のリーダーについての次の指摘は重要である。

 日本社会における輝かしいリーダーというものは、そのリーダー個人の力によって集団を形成しているのではなく、もともと他の集団との力関係において優勢であった集団に、比較的有能な個人がタイミングに恵まれて・・・出てきた、というものである。
 つまり、リーダー個人の力よりも、内外の条件にささえられている。(p142) 

 全体を通して何より印象的なのが、論理構造の確かさである。論理によってかっちりした構造がつくられ、そこに彼女が体験した印象的なエピソードが肉付けされていく。この構造の確かさが、この本の命脈を40年以上にもわたって保たせている最大の理由だろう。

 しかし、この本の魅力は論理だけにあるのではない。論理展開を駆動していく、彼女のパセティックなまでの批判精神がまた魅力的なのだ。理性的思考の靱さを信頼する中根は、論理が軽視され、感情のみが優先しがちとなる日本社会の弱点を、ときに戦闘的な筆致で痛烈に批判していく。こうした激しいパッションに対して、きっと当時の日本社会からは強烈な向かい風が吹いたはずだ。そして彼女は、そうした日本的な甘さに対して、たたかい続けたはずだ。
 裏表紙に載せられた中根の写真は、柔和な日本的母親の表情ではない。あえて言えば、戦士の表情だ。一文字にきっと結ばれた口と、にらみつけるような意志のこもった目、傲岸ともとられかねない厳しい表情が、彼女が経たたたかいの厳しさを何よりも雄弁に物語っているように思える。

タテ社会の人間関係―単一社会の理論 (講談社現代新書 105)
タテ社会の人間関係―単一社会の理論 (講談社現代新書 105)中根 千枝

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