読書(その他)

土門拳『写真随筆』より

土門拳の『写真随筆』(1979,ダヴィッド社)の一節によい言葉があった。引いておく。 ・・・その結論が、対象に淫してはならないの一言に尽きるのである。・・・いい古されたことだが、対象に対してきびしい主体性を確立しなければダメである。・・・主体性と…

現実=クソゲー論

多根清史著『教養としてのゲーム史』。ちくま新書。2011年刊。主に日本製のビデオゲームの名作をとりあげて、フリーライターの著者が解説を加えた一冊。インベーダーやパックマンなど、初期のゲームを懐かしく思いだしながら読んだ。 その中の一節。 とある…

あまりにもくだらない旅行記

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』を読んだ。村上春樹、吉本由美、都築響一の三人が「ちょっと変な場所」を選び、そこを訪れて書いた旅行記集。2004年、文藝春秋。 三人が訪問した場所は、名古屋、熱海、ハワイ、江ノ島、サハリン、そして清里。非常に絶…

サルの笑いについて

サルの情動について理解したいと思い、京都大学霊長類研究所編『新しい霊長類学』を読んでみた。講談社から2009年に刊行された、ブルーバックスの一冊。霊長類学の最新の知見がわかりやすくまとめられていて、とても読みやすく面白い本だった。 なかでも正高…

福沢諭吉『新訂 福翁自伝』

岩波文庫の『福翁自伝』。1978年の新訂版。 仕事の中でいろいろと問題につきあたる中で、つい弱気の虫が起こりがちな自分を福沢先生に鼓舞してもらおうと、久方ぶりに再読してみた。この本にみなぎる彼の勇気と自信と豪放さに触れると、人からの評価や批判を…

今年、印象に残った本

ということで、はや大晦日。 今日はすごい雪だった。マンションの前の道路も雪が積もっていて、行き交う車もとろとろゆっくり走っていた。 ところが、突然がっしゃーんと大きな音がした。ベランダに飛び出したら、車三台の玉突き事故が起こっていた。 という…

フィリップ・アリエス『死を前にした人間』

年の瀬というのに暗い話で恐縮だが、フィリップ・アリエス『死を前にした人間』を読んだ。原書は1977年刊。邦訳は1990年、みすず書房から。 約550ページ、二段組みの巨大な書物ながら、その豊かな内容のの豊富さと論旨の明晰さゆえに、スムースに読み通す…

谷川健一著『日本の神々』

霊魂について調べる中で、谷川健一著『日本の神々』を読む。岩波新書、1999年刊。 まず古代日本におけるカミやタマの特性について、いろいろと考えさせられた。著者によれば、日本における原初の時代には、畏怖の対象となるものはすべてカミとされていた。し…

『日本霊異記』を読む

今日は寒かった。凍結したフロントガラスから氷を削りとる手がかじかんで痛いほどだった。暖かい息を両手にくり返し吹きかけながら、作業にとりくんだ。 夜、『日本霊異記』を読んだ。新潮日本古典集成(1984)から。薬師寺の僧、景戒の撰述による日本最古の仏…

川村邦光著『地獄めぐり』(ちくま新書、2000年刊)

地獄めぐりといっても、別府温泉のそれではない。 宗教学者の川村氏が、日本人の霊魂観、他界観の時代的変遷をていねいにたどった一冊。いままで葬送法の変化が、日本人の死生観に与えた影響を考えたことがなかったので、大変勉強になった。たとえばモガリの…

ポアンカレ著『科学と方法』を読む

ポアンカレ著、吉田洋一訳『科学と方法』。原書は1908年刊。翻訳は1953年、岩波文庫から。 この本でポアンカレは、科学者が事実を探求しようとすることの、その心理的基盤を明確にしようと試みる。 まずポアンカレは、事実が無限に存在するこの世界において…

ガンディー著、田中敏雄訳『真の独立への道』

ビオンがイギリスに一人旅だったのが1905年。彼の原風景であったインドは、当時イギリス統治下にあった。しかし反英気運が高まる中で、政情的に不安定な状況に陥りつつあった。支配層である英国人家族で育ったビオンを取り巻く外的状況は、ある種の緊張感の…

新井潤美著『自負と偏見のイギリス文化−ジェーン・オースティンの世界』

イギリス本を引き続き。新井潤美著『自負と偏見のイギリス文化−ジェーン・オースティンの世界』。岩波新書。2008年刊。 「なぜジェーン・オースティンがイギリスで愛されるか」という問いに答えるべく、オースティンの作品と時代背景を読み解いた作品。 著者…

吉岡昭彦著『インドとイギリス』

著者が1973年にインド各地に残るイギリス植民地支配の跡を訪れ、思索した内容を記したエッセイ。1975年の岩波新書。著者は近代イギリス経済史を専攻した方。 インドがイギリスにいかにひどい搾取を受けてきたか、そしてイギリスが「劣った国」インドをいかに…

今年、印象にのこった三冊

10月以降はほとんど更新しないまま、はや大晦日。このブログを読んでくれている知人から、「体調でも悪いのか」とのメールが送られてきたりもしました。更新しなかった理由はいろいろあるのだけれど、とにかく元気にはしています。「お久しぶり」の便りにか…

「晶文社が文芸部門閉鎖」というニュースを知って

いつも愛読している「海難記」というブログで知ったニュース。植草甚一さんの本と「サイのマーク」で知られた晶文社が、どうやら「学校案内」などの本の発行に特化して、文芸部門を閉鎖するらしい。そして一般書、文芸書は在庫売り切りで終わり、なのだとい…

バターフィールド著『近代科学の誕生』を読む。

バターフィールド著『近代科学の誕生』。1957年刊。訳本は1978年に講談社学術文庫から、上下2冊で出版された。 この本を読んだ理由は、メスメルの動物磁気が登場した時代背景を確認したかったから。 科学革命における重要な人物とその発見について、歴史的…

小熊英二著『1968(上)若者たちの叛乱とその背景』を読む

名著『〈民主〉と〈愛国〉』の小熊英二さんの新刊ということで、知るなり購入した。上巻1092頁、下巻1008頁の巨大な著作である。ただ、まだ上巻だけしか出版されておらず、下巻は7月末に刊行予定となっている。出版は新曜社から。 個人的には、村上…

岡田暁生著、『西洋音楽史』を読む

名著の誉れ高い、岡田暁生著『西洋音楽史』をようやく手に取った。2005年刊の中公新書。 たしかに噂に違わぬ傑作だ。非常に面白い。音楽がつくられる場と、聴かれる場との相互関係の中から、次なる展開をうながすモーメントが生まれ、それが音楽に変化をもた…

越智道雄、町山智浩著『オバマ・ショック』を読む

これは拾い物の一冊。といったら著者に失礼かな。でも、面白かった。 タイトルは『オバマ・ショック』だが、先日の大統領選挙前後のできごとだけをまとめた本ではない。もっと射程は長く、オバマ大統領誕生にいたるまでの米国近現代の政治史をコンパクトにま…

中根千枝著『タテ社会の人間関係』を読む

組織論がらみで、中根千枝著『タテ社会の人間関係』を再読。 いまや古典となっている、日本社会論の傑作である。 刊行後41年を経過してもなお基本的な理論の骨格は全く陳腐化しておらず、いまなお古典としての命は衰えることはない。せっかくなので前半だ…

アメリカ関連から組織論へ

前回からずいぶん間があいた。臨床が忙しいせいもあったが、それよりもある書き物をしていて、その主題の世界に沈潜していて、ほかのことを書く心の余裕がほとんどなかった。かなり目鼻がついてきて、すこしその世界から抜け出してきたこともあり、最近読ん…

村上春樹著『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』を読む

引き続きアメリカ関連。思想書に少し飽いたので、アメリカらしい文学を読んでみようと思ったものの、何にしようかとふと悩む。書棚を物色して、フォークナーとどちらにしようか迷ったが、結局フィッツジェラルドを読むことを決めた。 昔、といっても20年ほ…

トクヴィル著『アメリカのデモクラシー』を読む

ここのところ、ちゃんとした記事を書こうとしすぎている気がしてきた。 もっと気楽に思いつきを書いて、発想をふくらませるエネルギーを得ることがブログの目的だったのだから、しばらくお気楽モードの記事に戻すことにします。 ということで、現在アメリカ…

鈴木大拙著『日本的霊性』を読む。

「ニコマコス倫理学」を終えて、鈴木大拙著『日本的霊性』へ。昭和19年12月、著者74才のときに出版された一冊だ。 まず、なぜ「日本的霊性」を選んだのか、書いておく。 全ての心理療法は、何らかの価値を志向した営為である。だから通常意識されることは…

江藤淳『成熟と喪失』を読む

本日は、江藤淳著『成熟と喪失―“母”の崩壊』を読んだ。前読んだときには、江藤がエリクソンにこれほどまでに依拠して論じていたとは気づかなかった。エリクソンに依拠することでこの評論に強靱な理論的支柱が与えられたが、同時に当時の精神分析が有していた…

中野麻美著「労働ダンピング」

本業で忙しく、ずいぶん久しぶりの更新となった。 今回は、この本のレビューを行う。 診療で出会う患者さんには、低賃金、低収入による生活上の苦しみに喘いでいる人が多いこともあり、ワーキングプアの問題について考えさせられることがしばしばある。そこ…

世界がわかる現代マネー6つの視点

先日、「金融史がわかれば世界がわかる」という本のレビューを書いた。倉都康行著『金融史がわかれば世界がわかる』 - Gabbardの演習林−心理療法・精神医療の雑記帳 この本が非常に印象深かったので、この著者、倉都康行氏の最新刊も買って読んでみた。 前作…

倉都康行著『金融史がわかれば世界がわかる』

先日米国のサブプライムローン問題から生じた金融不安についてエントリーを書いた。 サブプライムローン問題と精神分析の復権の可能性 - Gabbardの演習林−心理療法・精神医療の雑記帳 その後世界のマーケットはかなり不安定な様相を示したが、米欧の中央銀行…