グロデック著、野間俊一編訳著『エスとの対話』

 『エスとの対話』を読んだ。これはグロデックの論文のアンソロジーである。ただ野間先生のかなり丁寧な解説が添えられているので、野間先生の著作といったほうがよい構成となっている。
 この本を読むと、グロデックが精神分析、心身医学に与えた影響がよく理解できる。
 グロデックは、近代医学の機械論的、心身二元論的人間理解に異を唱え、人間の生命活動を展開していく基底の力を「エス」と呼び、「エス」から人間を全体的にとらえようとした。別の言い方をすれば、人間は「エスによって生きられている」(p237)ことを示そうとした、ということになる。
 こうした発想は、スピノザの汎神論から連なる、西洋では異端視されてきた全体的人間理解の系譜におくことができる。グロデックを通じて、このような全体的視点が精神分析に流れ込み、彼の友人フェレンツィ、さらにバリントアレキサンダーなどを通じて、心身医学の形成に影響を与えていった。

 このようなパースペクティブを、野間先生の詳しい解説が与えてくれる。野間先生は、かなり広い思想史的、精神医学史的文脈の中にグロデックを位置づけようとしており、この努力ゆえに「労作」と呼びたくなる本だ。

 ただ一点、誤解とおぼしきところ。

 フロイトは多くの概念をつくりだしたが、他の人から譲り受けたのはこの「エス」だけである。(p281)

とあるが、たとえば「ナルシシズム」や「死の本能」なども人の発想を援用した概念なので、ここの文は少し断定しすぎではないだろうか。

 あと、落ち穂拾いだが、

わが国の山中康裕は、さらに積極的に身体症状の意味を探求している。生まれながらに食道と気管支が開通している先天性食道気管支瘻の男児は、じつは父親の母親への愛情が希薄になってきた頃に生まれたことが明らかになった。父親と母親が「つながらない」という状況で、食道と気管支という元来つながりえないものをつなぎ、結果的に病弱となって母親とつながることにより彼女を支えることとなった、と山中は捉えている。(p129)

 山中先生はこんなことを書いているのか。むむむ・・・。

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