そして神戸の精神神経学会(2)

 精神神経学会の二日目。昨日のようにくだらないネタをいれる時間がないので、ざっとまじめな感想だけを。

国際シンポジウム『The Hoped Horizon of Psychiatry』

 午前中は、昨日からの流れで、国際シンポジウム『The Hoped Horizon of Psychiatry』に参加してみた。日本の「若手精神科医の会」が企画したシンポジウム。随分と準備に時間をかけたことがうかがえる企画であったが、残念ながら企画としては失敗であった。その理由は、ホスト役の日本人若手医師の思考が十分深まっていないことにある。たとえば「精神医学は何を目指すべきか」といったスケールの大きい問いをシンポジストに提示して議論しようとしていたが、ホストが十分にこうした問題について深く理解していないため、せっかくシンポジストのイランの精神科医や、フロアーのシンガポールの医師から面白い意見が出されても、それをうまく拾い上げることができず、建設的な議論も構築することができていなかった。残念である。しかし若手の先生方のチャレンジ精神は応援したいと思ったし、知り合いの若手医師にもこの会を紹介したいと感じた。

石郷岡純先生『統合失調症の最新の薬物療法

 次いで、東京女子医大の石郷岡純先生による『統合失調症の最新の薬物療法』という、多剤併用療法を批判する講演に参加した。概略をまとめておく。日本では他国に比べて多剤併用することが多い。そうなった原因の一つが、「メジャートランキライザー」という呼称にあると考えられる。というのは、本来抗精神病薬はtranquilizeする薬でないのに、そうした名前が一般に使用されることによって、「鎮静」をかけることが当然のこととして許容されるようになり、結果的に至適用量を越えた多量、多剤投与が当然のことになっていった。しかし、このような過量投与は治療的でない。なぜなら、患者のレジリエンスを低下させ回復を妨げることになるからだ。だから精神科医は、考えを改めねばならない。抗精神病薬を鎮静を目的として投与することは避けるべきだ。あくまで精神科医の仕事は、至適用量を見出すことなのだ。
 非常にまじめな手堅い発表であった。具体的な処方戦略を示すようなよくあるタイプの講演ではなく、具体的な処方の前に確立しておかなければならない基本的態度をていねいに説明された点に、石郷岡先生の真摯な臨床家としての姿勢を見ることができた。

武田雅俊先生『アルツハイマー病とMCIとSCI』

 次に大阪大学の武田雅俊先生による『アルツハイマー病とMCIとSCI』。最初にアルツハイマー病の診断についてお話になった。最初は画像診断から。興味深かったのは、アミロイドをPIBで可視化したPETを施行することで、アミロイドの蓄積状況を測定することができるという。これが使えると、ADという病気の本態が画像として現れるわけだから、診断には大いに役立ちそうだ。
 次にバイオマーカーの利用について。ADの患者の脳脊髄液では、タウ蛋白の上昇とアミロイドβ蛋白の低下が認められる。そこでこれをADのバイオマーカーとしても使えるだろうと説明された。
 次に治療について。よく使用されるドネペジルは、時間稼ぎには使えるが、決してDisease Modifying Drugとしての「治療」薬ではない。そこでアミロイド沈着を抑制する根本的治療の開発が進められている。その中の有望なものとして「アミロイド免疫療法」がある。これは、アミロイド蛋白を投与して抗体を産生させ、この抗体がアミロイドを脳内から排除することによって、ADの進展を遅らせるのだという。話をきくと良い治療のようだが、過去行われた治験のフェイズ2で5.2%に脳脊髄炎が発症したため中止になったのだという。
 最後に前駆状態の概念についての話。MCIの説明のあと、その前の段階としてSCI(Subjective cognitive impairment)という概念が提唱されていることを説明された。中年以降「最近、記憶力が落ちたな」と感じるようになるものだが、この状態を指すのだという。

石田康先生『疼痛治療における抗うつ薬の役割』

 その後、宮崎大学の石田康先生による、『疼痛治療における抗うつ薬の役割』へ参加。概略は以下の通り。TCAの疼痛緩和機能は、うつを改善させることによって二次的に疼痛を緩和しているのでなく、そもそも一次的な疼痛緩和の力がある。治療薬としてはdirty drugが良く、TCA(特にアミトリプチン)、SNRIの順に効果が期待できる。SSRIは否定的評価が多い。といった、プラクティカルな話であった。

来年の大会

 このあとも参加したいプログラムがあったが、これで個人的都合で神戸を後にした。
 なお来年は広大の山脇先生を会長に、5月20日から22日まで広島で開催されるとのことだった。