オウィディウス著『恋愛指南』を読む
私が指導で関わりを持っている研修医Y君は、彼女募集中である。仕事も勉強も熱心に取り組む好青年なのだが、まじめでひっこみ思案な性格が徒になって、なかなか良い女性と出会えないようだ。
本人も気にしているようで、「どうしたら彼女できるでしょうね、紹介してくださいよ」などと冗談めかして言うこともある。しかし、そんなときでもY君の目は決して笑っていない。事態は深刻である。
彼はこのブログを愛読してくれているとのことだが、こんな拙文のために時間を割いていてくれるから、女性に出会えないのではないだろうか。そう思うと、私も自責の念に駆られてしまう。
そこでY君に役立つ本はないかと、オウィディウスの『恋愛指南―アルス・アマトリア 』を読んでみた。2008年の岩波文庫。沓掛良彦氏の訳。
ローマ時代の恋愛ハウツー本である。内容は単純だ。男は、いかにして女をくどくべきか。どうすれば女は歓ぶか。一方、女はどう愛されるべきか。こうした点についてのアドバイスを、『変身譚』で知られるオウィディウスが懇切丁寧に綴っている。
オウィディウスの筆になるだけあって、レトリックは格調高いものである。しかし、書いてある内容は非常にベタなのである。この文体と内容の落差が、あまりにおかしくて、思わず笑ってしまうのだ。
たとえば、男のための「べからず集」。
清潔を心がけ、カンプスでからだを日焼けさせることだ。トーガはからだにぴったりのものをまとい、しみなどのないようにしておくように。サンダルの留め金は錆びつかせてはならぬ、歯に歯糞をためてはいけない。・・・爪は伸ばしてはならず、爪垢をためてはいけない。鼻の穴の中には、鼻毛一本たりとも立てておいてはいけない。臭い口からむっとするような息を吐いてはならぬ。・・・(p37)
実にばかばかしい。しかし、このばかばかしさが読む快感を与えてくれるので、ついページを繰ってしまう。
よし、決めた。Y君には、この部分をコピーして渡そう。特に、鼻毛の記述のところにアンダーラインをひいて渡すようにしよう。
一方、女性に対しては、こんなアドバイス。
平べったい胸は乳当てを巻きつけるといい。・・・口の臭い女は、食事をしないでいるときには、けっして口をきかないようにし、男の顔から離れているがいい。そなたの歯が黒ずんでいたり、並外れて大きかったり、生まれつき歯並びが悪かったら、笑ったりするとこの上ない大きな損失をこうむることになりますぞよ。(p113)
いやあ、くだらない。しかも、「ぞよ」だって。こんな死語化した終助詞を、もったいぶってつけなくても。訳者の沓掛先生のセンスも、すばらしくベタである。
この他にも、オウィディウスは実に細かく、恋愛のあれこれを教えてくれる。どんな場所で女に声をかければよいか、ふりむいてくれた女をひきつけておくにはどうしたらよいか、そしてセックスはどんな体位でのぞめばよいのか。
うーむ。くだらないが面白く、細かくリアルで役に立つ本だ。
よし、研修医Y君の必読図書に決定だ。さあY君、このブログを読み終わったら、さっそく書店へ走るように。来週、口頭試問するぞよ。
恋愛指南―アルス・アマトリア (岩波文庫) | |
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