ベアー、コノーズ、パラディーソ著『神経科学−脳の探求』を読む

 連続講義のために、教科書的な本をいろいろとあさっている中で良書を見つけた。
 ベアー、コノーズ、パラディーソ著『神経科学―脳の探求』。邦訳は西村書店から2007年に刊行。原著第3版をテキストにしている。訳者は加藤宏司、後藤薫、藤井聡、山崎良彦といった山形大学医学部神経機能統御学分野と組織細胞生物学分野の先生方。
 ニューロサイエンスの基礎から最新の知見までを、包括的にまとめたテキストである。ヒトの神経系について、ニューロンから末梢神経、中枢神経、さらに高次脳機能まで段階を追ってていねいに説明することによって、わかりやすく全体像を示してくれる。 
 この本の美点は次の三つ。
1)説明が大変わかりやすい。簡潔な文章、過不足無い記述、総天然色の美麗な図版。これらが有機的に結びついているので、ニューロサイエンスの全体像を容易に把握することができる。情報が整理されているから、読書することによって僕の頭の中に断片的に存在していたニューロサイエンスの知識が、きれいに引き出しにしまわれていく気がする。気持ちがいいからどんどん読んでしまう。
2)コラムが充実している。とくに第一線の研究者が「神経科学の研究を職業に選んだ理由」についてエッセイを寄稿しているのだが、これがそれぞれの研究者の個性が出ていてとても面白い。これを読むと、医学生は「俺もこの道に進みたい!」という気持ちにさせられるだろう。
3)洗練されたユーモアがあふれている。
 たとえば性行動に関する章で、こんな記述が、

読者は、ヒトの性行動の基本的なことについては、両親、先生それに友人やケーブルテレビで知っているものとして話を進めていく。(p413)

 この文で、「・・・友人やケーブルテレビ」なんて詳細な記述は、情報を伝えるという視点からはまったく不要な部分である。これは、笑いをとるためのネタに他ならない。著者は、ケーブルテレビのアダルトチャンネルのことをほのめかして笑いを誘っているわけだ。ただ「ケーブルテレビ」では日本の読者にはわかりにくいので、ここを「超」訳してみよう。

「性行動の基本的なことについては、・・・友人や、ネットの動画サイトを通じて知っているものとして話を進めていく」

記憶に関する説明の中には、こんなネタがあった。

一生の間に、私たちは多くの事実を学ぶ。たとえば、「タイの首都はバンコクだ」「コヨーテはミチバシリ(鳥)を捕らえられない」などである。(p567)

 コヨーテがミチバシリ(Road Runner)を捕まえられないのは、アニメ「ロードランナー」のこと。これは日本ではメジャーではないが、非常に面白いワーナーブラザーズのアニメ。しかしこの作品、日本ではあまり知られていないので、ネタとしてはちょっとわかりにくい。そこで、日本のアニメを材料にして超訳してみる。

 たとえば「タイの首都はバンコクだ」「サザエやカツオは、年を取らない」などである。

 それから、もう一つ。睡眠の章に、「バンドウイルカは、片方の大脳半球が睡眠することを左右交互に繰り返す」という興味深い事実が紹介されている。これはこれで面白い事実なのだが、このあとに添えられた一文が大変ふるっている。

This gives the new meaning to the phrase, "being half asleep".(原書p598)

 この本には、こういう洗練されたユーモアが、学術的な文の中に多数隠されている。ネタを発見すると、埋蔵されたお宝を発見した気分になるので、とても楽しいのだ。
 ということで、大変良くできたチャーミングなテキストです。おすすめ。

カラー版 ベアー コノーズ パラディーソ 神経科学―脳の探求
カラー版 ベアー コノーズ パラディーソ 神経科学―脳の探求Mark F. Bear

西村書店 2007-06
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