読書(文芸)

多和田葉子『言葉と歩く日記』より

今月21日に発売された、多和田葉子『言葉と歩く日記 』(岩波新書、2013)を読む。文ひとつひとつが立っていて、独特の魅力があるので、ついついと読み進めてしまう。魅力があるというのは、たとえばこんな一節。 日本語にはトルコ語と似たところがある、とい…

『異邦人』におけるムルソーの誠実さについて

カミュ『異邦人』を読んで思ったこと。昭和41年改版の新潮文庫で読む。 過度の単純化という誹りを覚悟しつつ述べるならば、主人公ムルソーは、ある種の自閉症的世界にに生きている人だ。ムルソーは、母親の死に際しても情緒をうまく体験することができず、泣…

「黒塚」と恥の感情

もう少し見られることの恥ずかしさについて考えるために、謡曲『黒塚』を読む。新編日本古典文学全集 (58) 謡曲集 (1)(1997年、小学館)から。 物語はこうだ。阿闍梨祐慶(ワキ)が、同行の山伏(ワキツレ)と宿を借りる。その女主人(シテ)は「夜寒だから…

ガンバの冒険と勇気について

斎藤惇夫『冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間』を読んだ。1972年。今回読んだのは岩波少年文庫版。 小学生の僕がよく見たテレビ番組に、『ガンバの冒険』がある。いまでも記憶の中に残っているのは、ラテン系のはじけるようなテーマソングにのって活躍するネ…

春画における「隠す」と「見せる」

「見せる」「見られる」の違いについて考えるために、田中優子著『春画のからくり』を読む。2009年、ちくま文庫。 著者によれば、春画は「隠す」と「見せる」の相克の中で発展してきたのだという。まず江戸初期の春画は、基本的に性交を「見せる」ために描か…

大岡信著『日本語の豊かな使い手になるために』

大岡信著『日本語の豊かな使い手になるために―読む、書く、話す、聞く』、太郎次郎社2002年。大岡が「ことば」について縦横無尽に語り尽くしたインタビュー集。タイトルは気恥ずかしいが、中身は面白い。詩人の口から流れ出ることばについての洞察の数々は、…

フローベール『ボヴァリー夫人』

年末を控えて、外来診療に追われる日々。ちょっと現実逃避したくて、小説に手を出した。 『ボヴァリー夫人』。フローベール、35才(1856年)の作品。伊吹武彦訳の岩波文庫版で。 自らの夢と愛欲に惑わされ、恋に生き、そして滅んでいく女性エンマの悲歌。愚か…

ヘーシオドス『仕事と日』を読む

論文がほぼ完成したこともあって、少し気持ちに余裕がでてきた。そこで仕事とは全く関係のない本を読むことにした。選んだのは、紀元前8世紀ギリシャの詩人、ヘシオドスの『仕事と日』。 ヘシオドスは、遊び人の弟ペルセースに対して勤勉を勧めたり、怠惰を…

オウィディウス著『恋愛指南』を読む

私が指導で関わりを持っている研修医Y君は、彼女募集中である。仕事も勉強も熱心に取り組む好青年なのだが、まじめでひっこみ思案な性格が徒になって、なかなか良い女性と出会えないようだ。 本人も気にしているようで、「どうしたら彼女できるでしょうね、…

ロスタン著『シラノ・ド・ベルジュラック』を読む

光文社古典新訳文庫におさめられている、渡辺守章氏の訳でシラノ・ド・ベルジュラック を読んだ。 原書は1897年刊。この新訳は2008年刊。 文句なしの一冊だ。 大きな鼻をもった醜い容貌の主人公、シラノ。 シラノは自分の大きな鼻ゆえに、強い劣等感を持って…

谷崎潤一郎著『夢の浮橋』を読む

谷崎潤一郎著『夢の浮橋』。1959年刊。 主人公、糺(ただす)の母親への近親姦願望を扱った、谷崎晩年の一作。 ともかく、大変けったいな小説である。 この小説の主人公、糺くんは、自分が抱えている問題について悩むこともなければ、主体的に解消しようとも…

ダニエル・デフォー著、吉田健一訳『ロビンソン漂流記』を読む。

『ガリヴァー旅行記』からのつながりで、『ロビンソン漂流記』を読んだ。1719年刊。訳本は新潮文庫の、流麗な吉田健一訳を選択。 この主人公、ロビンソン・クルーソーは、お気楽なガリヴァーとはうってかわって、まじめ一徹である。彼は無人島での単独生…

スウィフト著『ガリヴァー旅行記』を読む

近代へと社会が歩みを進める中で、人がどのような体験をしていたのか知りたくて、この本を読む。 スウィフト著、『ガリヴァー旅行記』。原書は1726年イギリスで出版。翻訳は今回、岩波の平井正穂訳を選ぶ。 童話化された物語として知られているこの本。…

 武田百合子著、『富士日記』(上)を読む。

『富士日記』。武田百合子が、富士裾野にある山荘で、夫、泰淳と娘と過ごした日々を書き綴った日記。上巻は、昭和39年から41年まで。 なにか特別な事件が起こるわけではない。淡々とした日常が流れていくだけである。その日常のひとつひとつの出来事を、…

フィッツジェラルド著『グレート・ギャツビー』を読む

スコット・フィッツジェラルド(1896-1940)著、村上春樹訳、『グレート・ギャツビー』。1925年刊。村上訳は中央公論新社から2006年に刊行された。 すばらしい一冊だった。 『グレート・ギャツビー』は「喪失」の物語、だと紋切り型の紹介文でよく言われる。手…