新井潤美著『自負と偏見のイギリス文化−ジェーン・オースティンの世界』

 イギリス本を引き続き。新井潤美著『自負と偏見のイギリス文化−ジェーン・オースティンの世界』。岩波新書。2008年刊。
 「なぜジェーン・オースティンがイギリスで愛されるか」という問いに答えるべく、オースティンの作品と時代背景を読み解いた作品。
 著者は、ジェーン・オースティンがイギリスで愛される理由を、彼女の洗練されたユーモア、機知、軽やかな皮肉、などイギリス人の愛する性質をうまく表現した点に求めている。
 我々のジェーン・オースティンのイメージというと、文学好きの女性が窓辺で静かに家庭小説を綴っている穏やかな女性のイメージを浮かべるが、実像は決してそうではなく、もとは皮肉や諧謔ずきで、多少下品ではしたないところもある人であったという。そうした特質はRegencyという時代の影響がある、と著者は言う。
 Regency(摂政時代)とは、ヴィクトリア女王が即位する前の1811〜1820年を指す時期の通称であり、その時期は「奢侈と堕落の時代」であり、生々しく、退廃的で、放蕩、贅沢、自由奔放、快楽主義的で、そして「愛人全盛」の時代であったという。
 精神医学的に面白く思うのは、ひどく派手なヒステリーの記載があることだ。彼女の初期の書簡体小説『恋愛と友情Love and Friendship』には、こんな記載がある。

 ソファイアは叫び声をあげて気を失って倒れました。私は大声で叫んで即座に気が狂いました。私たちはそのまま数分間正気を失い、戻ったと思ったらまた失いました。
 この不幸な状態は一時間十五分続きました。ソファイアは一瞬ごとに気を失い、私も同じ頻度で狂いました。(p20)

 こりゃまた、すごい倒れ方だ。
 彼女の小説が、Regencyの時代のステレオタイプなヒステリーを皮肉っぽく強調して描いたものだとすれば、こうした発作の形がtypicalなものとして多くの女性たちの無意識にも存在していたことが推測される。
 時代を下って19世紀末のフロイトの時代のヒステリーは、よくヴィクトリア朝的な道徳によって性的な興味が過剰に抑圧されていたことが一つの病因として理解されている。しかしこれを読むと、はるかに自由奔放であったRegencyの時点でも、強い葛藤状況に置かれると、女性は意識を失って倒れまくっていたようだ。

自負と偏見のイギリス文化―J・オースティンの世界 (岩波新書)
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岩波書店 2008-09
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