川村邦光著『地獄めぐり』(ちくま新書、2000年刊)

 地獄めぐりといっても、別府温泉のそれではない。
 宗教学者の川村氏が、日本人の霊魂観、他界観の時代的変遷をていねいにたどった一冊。いままで葬送法の変化が、日本人の死生観に与えた影響を考えたことがなかったので、大変勉強になった。たとえばモガリの習俗が廃れ、火葬が広まったことが人間心理に及ぼす影響を筆者は次のように説明している。
 古来、日本ではモガリが行われていた。モガリ儀礼の場合、死体はしばらくそこに留め置かれるから、その間はヨミガエリが可能である。日がたって、死体が腐敗していく中でようやく、身体が霊魂が身体から分離することができる。
 しかし702年の持統天皇の火葬以後、民間にも広く火葬が広まった。その際、霊魂の戻るべき身体は早々に焼かれてしまうから、身体と霊魂の区別は早い時点で明確になる。そのためこの変化によって、霊魂/身体という二元論的な観念が強化されることになった。そして、戻るべき場所である身体を失った霊魂がいったいどうなるのか、どこへいくのか、という点を明確にすべき内的必然性が高まり、それが他界の構造をより精密なものにさせた。
 このような主張に基づいて、古事記日本書紀から日本霊異記、地獄絵図などの中にあらわれている他界像がいろいろと紹介されており、こうした情報を知るだけでも面白い。

地獄めぐり (ちくま新書)
地獄めぐり (ちくま新書)川村 邦光

筑摩書房 2000-05
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