窪寺俊之著『スピリチュアル・ケア学序説』

 過去に淀川キリスト教病院のチャプレンとして活動し、現在は関西学院大学神学部教授をつとめる著者が、スピリチュアル・ケアに関する内外の文献を総覧し、その概念の変遷や、ケアの実際に至るまで、幅広い情報をコンパクトにまとめあげた一冊。出版は2004年、三輪書店から。
 おそらく出版までに、かなりの手間をかけられた著作なのだろう。たとえば、高見順の著作『闘病日記』の中に、「釈迦」「ゆだねる」「転生」といったスピリチュアルな言葉が何回出現するのかを数え上げた研究などが含まれていて、出版までに大変な労力がかけられたことが推測できる。
 そういう意味で、研究者として誠実な仕事をなさったのだとは思う。しかし緩和ケアに携わる立場から読むと、どうしても違和感がぬぐえない。というのは、この本における「スピリチュアルケア」が、西洋において行われているそれを範として述べられており、そうしたケアが「日本では行われていない」という前提に著者が立ち続けているからだ。著者のこうした思考特性が如実に表れているのが、最後の「総括」の一文だ。

わが国では、スピリチュアルケアが実際に具体化されているところは、わずかな宗教立病院だけである。・・・これ以外の日本の多くのホスピス・緩和病棟では、スピリチュアルケアはほとんどなされていない。これでは、ホスピス本来の目的を十分に果たしているとは思えない(p113)

 でも本当にそうだろうか。たとえば徳永進先生が実践なさっている在宅ホスピス野の花診療所)では、この著者のいう「スピリチュアルケア」が普段の日常臨床の中で、目立たない形で行われている。そして徳永先生の現場だけでなく、日本のあらゆる緩和医療の現場で、けっして「スピリチュアルケア」と呼ばれはしないけれど、そうした要素を含んだケアは広く行われている。
 もし「スピリチュアルケア」を日本において育てていこうとするならば、欧米のスピリチュアルケアを基準として、日本の臨床を否定的に評価することはもうやめたほうがいい。われわれが今おこなうべきなのは、日本の日常臨床の中に含まれているスピリチュアルな要素を、日常語に立ち戻りながら明確にし、それを自覚的に行えるようにすることだ。

スピリチュアルケア学序説
スピリチュアルケア学序説窪寺 俊之

三輪書店 2004-06
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