今年、印象に残った本

 ということで、はや大晦日
 今日はすごい雪だった。マンションの前の道路も雪が積もっていて、行き交う車もとろとろゆっくり走っていた。
 ところが、突然がっしゃーんと大きな音がした。ベランダに飛び出したら、車三台の玉突き事故が起こっていた。
 というようなことが起きるのではと予想していたが、皆さん慎重な運転で、事故が起きる気配は微塵もなかった。大変おだやかな年の瀬である。
 さて年末ということで、今年の読書ベスト3をあげてみたい。

細谷雄一著『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会)

 慶應義塾大学法学部准教授の細谷雄一氏が、ブレアが国際紛争の解決にあたって倫理的であろうとしながらも、粗野な暴力的解決に頼らざるを得なくなった顛末を、多くの史料を用いながら描きだした一冊。
 不寛容さに虐げられる人を前にして倫理的であろうとするならば、場合によっては倫理的とはいえない暴力的な解決をとらざるを得なくなることがある。その最たるものが、「倫理的な戦争」だ。アフガニスタンイラク問題に直面する中で、この「倫理」と「戦争」の相克がひきおこすジレンマを、ブレアがどう生きようとしたか、そしてどう挫折したかが克明に描きだされていく。
 ブレアが直面した困難を自分の問題に引きつけて読むならば、この本は自らの生き方を問い直すことへと導いてくれるだろう。

倫理的な戦争
倫理的な戦争細谷 雄一

慶應義塾大学出版会 2009-11-11
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マイケル・サンデル著『これからの正義の話をしよう』(早川書房

 今年のベストセラー。しかし内容的には政治哲学のオーソドックスな教科書といってよい。この領域のテキストではジェイムス・レイチェルズの『現実をみつめる道徳哲学』という名著があるが、それと比べても内容的に傑出したテキストというわけではない。それなのになぜ売れたかといえば、織り交ぜられた彼の洒脱なユーモアの魅力と、語りのうまさが頭抜けているからだ。とくにテレビ講義では、その美点が十二分に発揮されていた。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学マイケル・サンデル Michael J. Sandel 鬼澤 忍

早川書房 2010-05-22
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雑誌「考える人−村上春樹ロング・インタビュー」(新潮社)

 『1Q84』第3部の執筆を終えた村上春樹が、三日間のインタビューの中で作品や生活について縦横に語った一冊。現在の村上春樹の考えを知ることができるという点で、インタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』よりも興味深く読んだ。印象に残った一節から。

 ・・・しかしサリンジャーは満足できるストラクチャーを作りきれないまま終わってしまった。書きたいことはあるし、文体も持っているのに、それに適した強固なストラクチャーがない。つまり確かな容れ物がないわけです。小説家の資質として必要なのは、文体と内容とストラクチャーです。この三つがそろわないと、大きな問題をあつかう大きな小説を書くことはできない。(p85)

考える人 2010年 08月号 [雑誌]
考える人 2010年 08月号 [雑誌]
新潮社 2010-07-03
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番外:岡田好弘神谷圭介あたらしいみかんのむきかた』(小学館

 話題の新刊を、年末にようやく手に入れた。みかんの皮をむいて、馬やトラ、ツルやカマキリなどの動物を造形するためのガイド本。この本の魅力は、サイドストーリーとして展開する少年むきお君の成長記にある。彼が、神がかり的に新しいみかんのむき方を発見した瞬間の一節から引用してみよう。

「うさぎがむけたぞ!」
 おかあさんはおどろきました。
「すごいわ、むきお。あなたはみかんのかわをむく さいのうがあるわ。もっとおむきなさい。」
「ぼくむくよ もっとみかんをむくよ。」
 なにか むなさわぎがする。そんな大晦日が はじまろうとしてしました。(p8)

 みかんの皮をむき続ける中で、自分と向き合いはじめるむきお。その魂の成長ドラマが読むものの胸を熱くする。あまりの珍妙さに、思わず嘆息する。まさに傑作。

あたらしいみかんのむきかた
あたらしいみかんのむきかた岡田 好弘 神谷 圭介

小学館 2010-11-16
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 ということで、皆さんよいお年を!