フロイト著『無常』 

 フロイト全集14巻(岩波書店)の『無常』(本間直樹訳)を読む。1915年執筆、1916年発表の小品。
 フロイトは友人(ザロメと推測されている)と詩人(リルケ?)とともに、「花咲き乱れる夏の風景のなかを散歩」した。その際、詩人が「自然の美しさ・・・を喜び享受することができな」いとフロイトに伝えた。なぜかといえば、目の前の美がいずれ消滅する運命にあることを考えると喜べから、だという。
 この詩人の反応を、フロイトはこう理解する。

 美を享受する彼らの力を無効にしたのは、喪の悲しみに対する心の反抗であったに違いない。・・・心は痛みを伴うものを本能的に避けようとするので、二人は美の無常さを考えることにより、それを享受するのを妨げられたと感じたのであった。(p331)

 ここで詩人が見せた態度、つまり未来の喪失を予期して、目の前の美しさを享受できないような消極的な態度を、フロイトは是としない。彼は、喪失を諦めることが重要だと強く主張する。

 私たちの知っているように、喪の悲しみはそれがどれだけ痛ましいものであっても、自ずと尽きてしまう。失われたものを何もかも諦めた暁には、悲しみそれ自体も尽き果ててしまう。そうなれば私たちのリビードも再び自由になり、私たちがなお若々しく生命の活力をもっている限り、できるだけ同じくらい貴重なもの、あるいは、より貴重なものによって失われた対象を代替することができる。(p332)

 このエッセーには同時期に執筆された「喪とメランコリー」(執筆1915年、発表1917年)の思考が反映している。しかし、この時点ではまだ愛娘ゾフィーの死(1920年)は訪れていない。

1914-15年 症例「狼男」 メタサイコロジー諸篇 (フロイト全集 第14巻)
1914-15年 症例「狼男」 メタサイコロジー諸篇 (フロイト全集 第14巻)新宮 一成

岩波書店 2010-09-30
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