ガンバの冒険と勇気について

 斎藤惇夫冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間』を読んだ。1972年。今回読んだのは岩波少年文庫版。
 小学生の僕がよく見たテレビ番組に、『ガンバの冒険』がある。いまでも記憶の中に残っているのは、ラテン系のはじけるようなテーマソングにのって活躍するネズミたちと、彼らに容赦なくおそいかかるイタチの恐ろしい姿だ。最終回でイタチの頭領ノロイに対して立ち向かうガンバたちの姿に、こころをふるわせながら見た記憶がある。
 それから30年以上の年月がたった。最近ふとしたきっかけがあり、原作の本書を僕は手に取った。それからページを繰る手が止まらなくなり、最後まで一気に読み終えた。そして幼い僕が抱いたあの時の感傷が、またよみがえってきた。
 物語は、日々、町の中でぼんやりと過ごすガンバの姿から始まる。

ガンバは静かな時に思いだされるようなことは、まだ何一つとしてしたことがなかったのです。したがって、食事のあとは、ただ静かに、何も考えずに横になっている、というのがほんとうなのです。時々、食事をいつもより早くすませてしまった日など、することがないので、くり返し、くり返し、この住処はすばらしいとか、自分よりも強いやつは近所にいない、ということだけを考えていました。時々、何かもっと他に考えることがありそうだと思うこともありましたが、それが何であるかは自分でもわかりませんでした。(pp13-14)

 そんな無気力な暮らしをおくるガンバに、ふらりと立ち寄ったマンプクが熱く語る。

 おれ、海っていう言葉聞いた時、何だか知らないけど、ぞくっときたのさ。ご先祖様が船に乗ってここまでやってきたことなんかすっかり忘れていたからな。勇敢なご先祖様に申しわけないという気持ちでもないけど、むしょうに海を見たくなったのさ。海にはきっと何かがある。おれたちの知らない何かがな。ほら、よくいうだろ。”町のネズミ大海を知らず”って。こんな所に横になってんたんでは味わえない、一生味わえない何かがな。ガンバ、いこうぜ、海に。

 マンプクの熱意に影響を受けて、ガンバの「何か」が動き始める。そして冒険がはじまる。船に乗り、島へ向かうガンバ。そこで小さなエピソードが、積み重ねられていく。その中でガンバたちが抱きはじめるのは、島のネズミたちを大量に殺害したイタチへの憤激だ。その怒りにかられて、彼らはイタチとの対決へと向かい始める。ときに怯えにおしつぶされそうになりながらも、困難を乗り越える中で、強く大きく成長していくガンバの姿。そしてイタチとの最終決戦へとなだれこんでいく。

 あの頃、少年だった僕は、おおむね満ち足りた日常の中で過ごしていた。しかしいっぽうでは何かしら物足りなさを感じて、どこかにある「何か」を求めていたようにも思う。しかしそんな冒険への誘惑は、僕の中にある種のおそれをひきだしもした。前に出たら、何がおこるかわからないんだぞ。そんな声がこころの中で響き、まだ見ぬ「何か」へのあこがれと不安とのあいだで、ただ立ちすくむことも多かった。
 でも、僕はテレビや読書でであったガンバのような英雄たちから確かに勇気を与えられて、迷いながらも小さな一歩をあゆみ続けてきたのだと思う。ひとつひとつの歩みは小さなものだったけれど、30年以上の時がながれた今振り返ると、いつしかこんなに遠くまで来てしまったのだから。
 しかし、いまガンバたちの冒険譚を読んでみると、最近の僕は日常におわれるだけで、もう新たな一歩を踏み出すことをやめていることに気がついた。つまりいまの僕は、冒険にでる前のガンバと同じように、くり返し、くり返し、この住処はすばらしいとか、自分よりも強いやつは近所にいない、ということばかり考えているのではないだろうか。そう気づき始めたのだ。
 海にのりだし、島へ向かい、イタチと立ち向かうガンバたちの姿に刺激されて、僕の中にあった「何か」もまた動き始めたように感じる。知識も大切だ。もちろん経験も大切だ。しかしそれだけでは、けっして前に進みはしない。そんな僕の心の中で、マンプクがくり返しささやく。いこうぜ、海に。その言葉に僕は鼓舞されてゆく。いまの僕にとってほんとうに大切なもの、それは海へ飛び出していくための勇気なのだ。それなのにいまの僕は、広がる大海原をまえにして怖じ気つく一匹のネズミになっているのではないだろうか。
 著者、斎藤惇夫の筆力のすばらしさ。キャラクターたちの豊かな個性、白いイタチの優美さすら感じさせるまでに恐ろしい姿。たたかいの中でたおれゆく仲間たちの、せつなく、しかし神々しい最期の姿。そしてガンバたちの勝利とともに訪れる、悲劇的な結末。あらゆる要素が一級品だ。
 自分が勇気をうしなっていることに気づいたら、また読み返したい。

冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間
冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間斎藤 惇夫 薮内 正幸

岩波書店 2000-06-16
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