「遷延性植物状態」に対する医療行為について、のまとめ

 DNRについて考える必要が出てきた。まず基本的な知識の整理のために、グレゴリー・E・ペンス『医療倫理』(みすず書房)、第2章「昏睡」をまとめておく。
 この『医療倫理』の原題は、Classic Cases in Medical Ethics。医療倫理の概説書というよりも、あくまでケースブックであり、医療倫理の歴史上重要な意味をもったケースに関する一般的な事実の紹介と、若干の考察が行われた本である。

医療倫理〈1〉よりよい決定のための事例分析
医療倫理〈1〉よりよい決定のための事例分析Gregory E. Pence 宮坂 道夫 長岡 成夫

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 「昏睡」の章では、昏睡状態にある患者に対して、心肺蘇生や栄養補給を行うことの倫理的妥当性が検討される。そのためにまずカレン・クィンランとナンシー・クルーザンのケースが紹介される。ここではペンスの要約は紹介せず、ネット上のリソースを紹介する。

カレン・クィンラン(Wikipedia日本語)
Karen Ann Quinlan(Wikipedia)
李啓充氏によるカレン・クィンラン事件(週刊医学界新聞)
ナンシー・クルーザンについてのindex(新潟大学、長岡成夫氏によるまとめ)
ナンシー・クルーザンについての覚え書き(新潟大学、長岡成夫氏によるまとめ)
李啓充氏によるナンシー・クルーザン事件のまとめ(週刊医学界新聞)

 このあとペンスは、昏睡状態にある患者への治療にまつわる倫理的問題をテーマ別にまとめていく。

1 コミュニケーションと規制
 クィンランとクルーザンのケースでは、道徳的な意見の対立だけでなく、治療の決定や管理についての意見の対立も含まれていた。
 患者は医師や病院を主体的に選んだわけではない。医師や病院の基本的方針を知らないで運び込まれたのに、その方針に従わせるというのは妥当なのだろうか。

2 脳死の基準
 三つの基準−ハーバード基準、認知的基準、不可逆性基準−があり、それぞれの特徴を述べ、問題点を指摘する。

3 死の定義をめぐる争い
 最近は、脳死の定義を見直す方向へと二つの力が働いている。一つは昏睡状態の患者でも打てる手はすべて打って欲しいという要望。もう一つは、移植用の臓器を確保したいという要望である。
 このうち後者の要望は、「長期にわたって昏睡状態にある患者は、回復することはない」という前提に立って行われているが、実際はそうではない。

 (ここでThe Multi-Society Task Force on PVSによる研究をペンスは紹介する。その本文は1994年にThe New England Journal of Medicine誌上で発表されている。重要な研究。)
http://content.nejm.org/cgi/content/full/330/21/1499
http://content.nejm.org/cgi/content/full/330/22/1572

 この研究では頭部外傷を負った434人の成人患者のうち、7人が良好な回復状態を示し、12ヶ月以上におよぶ遷延性植物状態の後に意識を回復した。しかし30ヶ月以上昏睡状態にあった患者では、意識を回復できた者は一人もいなかった。そして、「外傷後の遷延性植物状態からの回復は、その状態が12ヶ月以上続いた場合には、成人でも子どもでも、困難である」と結論づけられている。
 また1996年に、ゲリー・ドケリーという人物が、8年におよぶ昏睡状態から抜け出して、息子と家族に2,3時間にわたって話をした、という報告がなされ、全国の注目を集めた、ということもあった。
 確率は低いが、長期の昏睡状態のあとで意識が回復することはあるのだ。

4 慈悲
 「遷延性植物状態に陥ったなら、きっと死にたいと思うだろう。だから死なせてやったほうがよい」という慈悲心から主張する人もいる。彼らは「死にゆく過程を果てしない苦悩に満ちたものにではなく、人間的なものにする」ことが大切だと考えている。
 しかし患者が「苦しい」と感じているかどうか、果たして痛みを感じているかどうかは、厳密にはわからないはずだ。

そう書いてはいるが、ペンスはこの項の最後を次のような恣意的な文章で締めくくっている。

 (しかし、カレン・クィンランもナンシー・クルーザンも)やせ衰えた身体が、10年以上かけてゆっくりと衰弱死していった。多くの人にとって、この二つの死は慈悲のないものであった。

5 遷延性植物状態の患者−ケアの費用
 1994年の研究では、合衆国では10000〜25000人の成人と、4000〜10000人の子どもが遷延性植物状態にあると推計されている。また遷延性植物状態にある患者一人あたりにかかる年間費用は、24000ドルから120000ドルである。

6 医療処置の種類

  • 通常以上のケアと通常のケア
  • 人工栄養と水分補給

 人工呼吸器は取り外しを認めても、人工栄養と水分補給を絶つことを禁じている州もある。

  • 治療を「中止すること」と、「はじめから行わない」こと

7 事例の種類

  • 末期的な病気をわずらっている判断能力のある成人、が治療を拒否する場合
  • 判断能力のある成人が末期ではないのに、治療を拒否する場合
  • 過去は判断能力があったが、なくなった患者、にかわって代理人が判断を下す場合
  • 判断能力を十分に獲得したことがない、しかし将来判断能力を獲得するであろう(乳幼児や子ども)にかわって、代理人が判断を下す場合
  • 判断能力を持ち得ない患者の場合

そして「最新情報」として、ペンスは以下の五つについて述べる。

1 事前指示書
 事前指示書が広まったのは、クィンランのケースの影響。
 事前指示書としてありえる三つのパターン。
1)リビング・ウィル:どのような状態のときに医療処置の継続を望み、どのような状態なら望まないか、を医師に知らせるもの。
2)価値観の目録:その人が人生の何に価値を置くかを明示したものであり、家族や医師が患者に代わって判断しなければならなくなったときに役立つもの。
3)持続的委任状:他の誰かに判断を付与するもの。
 1991年より、保険医療資金局によって、アメリカのすべての病院が、入院患者に事前指示書をもっているかどうか、あるいは署名を希望するかどうかを尋ねることが義務づけられた。

2 事前指示書と病院倫理委員会
 しかし実際に死に直面した際に、直面していないときに書いた事前指示書の内容が妥当なものといえるのか。ある研究によれば、治療を辞退して死ぬ決断を下そうかという事態になってみると、何年も前に自分で予測していたのとはまったく裏腹に、大半の人が心変わりをするという。
 病院倫理委員会もこのような判断の解決については、ほんの限られた役割を持っているに過ぎない。

3 生命維持処置の中止についての倫理
 1975年当時、アメリカ医師会は、生命維持処置の中止は「積極的な安楽死」と同じだと、していた。
 しかし1986年、アメリカ医師会はこの方針を転換した。家族と相談したうえで、医師が不可逆的な昏睡状態の患者から人工呼吸器と栄養管を取り外すことが倫理的に可能となったのだ。
 またクルーザンのケースでは、連邦最高裁判所は、それまで別の次元の問題と考えられていた「人工的な栄養補給の中止」と「他の生命維持処置の中止」は、その二つの間に違いがないと述べた。

4 無益な医療
 ある遷延性植物状態にあった87才の患者、ヘルガ・ワングリーについて、医療チームが人工呼吸器と人工栄養をやめようと提案したが、夫が拒んだ。このケースには、医療チームが「無益」だと見なすケアの継続を、家族が医師に強制することができるのか、という倫理的な問題が含まれていた。

5 カレン・クィンランの検死

6 ヒュー・フィン
 ヒュー・フィンの事例とコーリアン・ソールターの事例の裁判を通じて、事前指示書がない限り遷延性植物状態の患者が死ぬことは許されなくなった。
 しかし、それでよいのか。遷延性植物状態の患者の中に、意識がないのなら栄養管をはずしても問題ないだろう。意識があるのなら、いったい誰が、麻痺した身体の中で、話すことも動くこともできず、何年も生きていたいだろうか。

以上、ペンスの『医療倫理』から「昏睡」の章をまとめた。この本自体は、コンパクトに広い主張がまとめられていて読みやすく、基本的な事実について知るためにはすぐれた一冊である。しかしここでの議論の紹介はあくまで表層的なものにとどまっており、各主張の論理を正確に追うには原典をあたる必要がある。またペンス自身の考えも主張されているが、この本の中では十分な論理的考察を欠いており、特に最後のヒュー・フィンでの議論は乱暴な論理だ。あくまで医療倫理の入門書としての位置づけで読まれるべきであろう。

以下にDNRについてのリソースを挙げる。(必要に応じて追加予定)
英国医師会End-of-life decisions: BMA views
英国医師会Decisions relating to cardiopulmonary resuscitation
英国医師会Decisions relating to cardiapulmonary resuscitation : Moder patient information leaflet
児玉知子氏論文:終末期医療における法的枠組みと倫理的課題について
李啓充氏の意見:「何よりも尊重されるべき自己決定権」
ピーター・シンガー『生と死の倫理――伝統的倫理の崩壊』 要約(立岩真也氏のサイト)
立岩真也氏による『生と死の倫理』書評
守田憲二氏による遷延性意識障害からの回復例(2000年代)
テリー・シャイボの事例:秋山曜子氏による当時のレポート
哲学者Warnockによる「認知症の人は死ぬ義務A Duty to Dieがある」という主張の紹介記事