ヤスパースの言う「記述」とは

 「記述的精神医学」を理解する必要がでてきて、まずはヤスパースの『精神病理学原論』をチェック。1913年刊。みすず書房西丸四方訳で確認する。本書の前半で、ヤスパースの基本的考えが説明されているので、そこを簡単にまとめておく。
 脳と精神とのはたらきには相互関係があることは確かである。しかしそのつながりはまだわからないことがあまりに多い。だからこそ、「われわれはこの両端から進んで行く」(p18)必要がある。
 しかし、精神を理解する際に、既存の神経学や哲学(ここでいう「哲学」は、おそらく観念論的な哲学のことを指している)を基盤にした考え方をすることはよくない。そのような先入見をもって精神を見ると、「狭い、貧弱な、死んだ心理学の考え方に陥ってしまう」(p26)からだ。
 このような弊に陥ることを避けるためには、どうすればよいか。ここでヤスパース現象学的な方法を精神医学へと導入することがよいと考える。既存の理論的体系を用いるのでなく、あくまで患者個人の心的体験を記述し、概念を与えていくことからはじめなくてはならない。

学問的にわかるということの第一歩は精神現象を一つ一つ別々に取出して区別をつけて記述することで、こうすると精神現象がはっきりと心の中に描き出され、規則正しく定った名前をつけられるのである。われわれは精神的な諸性質を、すなわち患者にとって何かが意識の中に与えられている様子を、できるだけはっきりと心の中に描き出すのである。こうして妄覚や妄想体験や強迫現象の様子、自我意識や欲求などのありさまを記述する。(p27)

 あるいは、次のようにも書いている。

現象学の行おうとすることは、患者が実際に体験する精神的状態をはっきりとわれわれの心の中に描き出し、それに似たいろいろの関係とか情況に基いて観察し、できるだけはっきりと区別をつけて、しっかりと定まった術語をつけることである。(p41)

 このような考えに基づいて、彼は第一章で主観的現象を概念化し整理し、第二章では、客観的にとらえられる精神症状の整理を試みている。
 つまり、彼のいう「記述」という作業は次のようなものを想定していることになる。客観的現象については、「外部」から見て、それを言葉で記述し、概念化する。主観的現象については、「内部」から見る、つまり患者の体験をできるだけリアルに医師が心の中に描き出し、それを言葉で記述し、概念化する。このとき、いずれの場合でも理論的な先入見をもってはならない。
 この本の後半でヤスパースは、「わかる」ことを「説明」と「了解」の二つに分類して議論を進めていくことになる。この部分も議論の多いところだが、これについてはまたの機会に。

精神病理学原論
精神病理学原論カール ヤスパース Karl Jaspers

みすず書房 1971-01
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