盆の本

 10月からある大学で、「臨床精神医学」というタイトルの連続講義をする予定があり、最近はその準備にかかりっきりです。「臨床精神医学」というタイトルではあるのですが、力動精神医学の全体像をおおまかにつかんでもらうことを目的にしています。このレクチャーの準備のために、お盆は関連書をいろいろと読み返しています。 
 ということで最近、目を通した本からざざっと紹介を。
 ジャネ『症例マドレーヌ―苦悶から恍惚へ』。みすず書房。2007年。松本雅彦先生の誠実な訳が印象的。このマドレーヌ、ジャネにとっての特別な患者であるからだろうが、ジャネは非常に熱心に関わっている。その熱意を受けて、マドレーヌは他の人には話したことのなかったことをジャネには沢山話しただろう。そして、そのこと自体が治癒的に作用したと推測できる。
 しかし話を聞くこと以外に、ジャネがどのような治療的介入を行ったのかが今ひとつ明確でないのが残念。ジャネの記述からは、マッサージや生活に関する指示を積極的に行ってことはわかるのだが、その具体的な説明があまりないのだ。
 またジャネは、マドレーヌとジャネの治療関係そのものを、(少なくともこの本の中では)客体化して理解しようとしていない。そこが弱点だと感じた。
 次にエレンベルガー無意識の発見』。弘文堂、1980年。すばらしい。読むたび新しい発見がある。何度でも読み返す価値のある本。
 さらにフロイトヒステリー研究』。岩波のフロイト全集から。アンナ・Oとカタリーナを中心に読み返す。アンナ・Oについては、後に明らかになったブロイアーの実際の治療の顛末を頭に浮かべつつ読むと、この本での治療経過はやはりできすぎであって、どうも嘘っぽく感じてしまう。
 芝伸太郎先生による新訳は、大変こなれて読みやすいもの。
 次にフロイト夢解釈1』。岩波フロイト全集の新宮先生の新訳を、「イルマの注射の夢」を中心に読む。本当に計算されて構成された本だと痛感する。細部にまで、フロイトの深い思考が反映している。後半の新訳が待たれる。いつ出るのでしょうか。
 あとは小此木先生の『フロイト―その自我の軌跡』(NHKブックス、1973年刊)、『フロイト』(講談社学術文庫)。いずれも小此木先生の豊かな学殖が堪能できる好著。
 また『フロイト フリースへの手紙―1887‐1904』(誠信書房)も目を通す。これも、非常におもしろい。
 それから憑依現象の詳しい紹介のため、昼田源四郎先生の『疫病と狐憑き―近世庶民の医療事情』と、ミシェル・ド・セルトーの『ルーダンの憑依』も。このうちセルトーの本は、映画『尼僧ヨアンナ』の一シーンを表紙にしているのがうまい。思わず手に取ってしまう。
 昼田先生の本は、39才で執筆されたもの。名著『分裂病者の行動特性』より四年前の本。地味ではあるが、とても良い本です。守山藩『御用留帳』を資料にして、江戸時代の狐憑きや乱心の事例が、多数紹介されています。大変面白く、講義でも使えそうだ。
 あと、内村祐之先生の『精神医学の基本問題―精神病と神経症の構造論の展望 』。1972年、医学書院刊。研修医のときの書き込みを、懐かしく感じながら再読。多くの精神病理学者の学説を、簡潔で無駄のない記述で説明していく、すばらしい一冊。しかしこんな名著が、いまでは絶版で手に入らないようだ。医学書院さん、これはいかんでしょう。