情動についての入門書

 ディラン・エヴァンズ著『感情』。岩波書店、2005年刊。原題はEmotion。2001年刊。Oxford University Pressから刊行されているVery short Introductionシリーズの一冊。著者はイギリスの感情心理学者。
 人間の情動に関する近年の知見を、多面的にわかりやすく説明した本。興味深かった点をふたつまとめておく。
 まず一つ目の興味深かった点。著者の情動の分類について。著者は情動を三つにわけて考えること提唱している。
 一つ目は「基本情動」。これは普遍的で生得的なもので、数秒レベルの短時間のみ持続する。主に大脳辺縁系が関与している。この情動には、喜びJoy、悲痛Distress、怒りAnger、恐れFear、驚きSurprise、嫌悪Disgustといったものが含まれる。
 次に「高次認知的情動」。基本情動と同様普遍的なものだが、より大きな文化的差異を示す。基本情動よりゆっくりと立ち現れ、ゆっくり消えていく特徴がある。大脳辺縁系でほとんど処理される基本情動とは異なり、高次認知的情動は大脳新皮質による処理をはるかに多く必要とする。愛love、罪悪感guilt、恥shame、てれ・決まり悪さembarrassment、 誇りpride、 羨みenvy、 嫉妬jealousyがここに含まれるという。
 最後に「文化的に特異な情動」。
 この分類については当然異論もあるはずで、とくに最後の「文化的に特異な情動」は問題含みの概念といえよう。ただそのような問題があるものの、全ての情動が同じ水準に位置するのでなく、原始的な水準から高次のものまでの広がりがあるという指摘は、重要な意見だと思う。
 二つ目の興味深かった点は、情動のあるべき状態に関する著者の主張であった。著者はアリストテレスの「中庸」という考えを引きつつ、次のように述べている。

 情動の最適な状態は、それが少な過ぎることも多過ぎることもなく、適切な範囲内にとどまっているときに具現されるのである。(p56)

 この発想は、「情動的知性emotional intelligence」と呼ばれる概念に依拠したものであるという。彼はこの概念を次のように説明する。

 情動と理性のどちらか一方が完全に主導権を握るということなく、両者の間でちょうどいいバランスを取るということに関わるものである。(p56)

著者は、理性と情動を対立的にとらえることを否定する。情動にも固有の理性があり、そして理性が十全に機能するためには情動が必要不可欠だと主張する。情動というとらえにくい概念を、スタートレックからアダム・スミスまでさまざまな話題を援用しながら縷々説明する著者の手際は冴えている。なかなか面白い一冊だった。

感情 (〈1冊でわかる〉シリーズ)
感情 (〈1冊でわかる〉シリーズ)ディラン エヴァンズ Dylan Evans

岩波書店 2005-12-22
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