ブロノフスキー、マズリッシュ著『ヨーロッパの知的伝統』を読む

 4月に入って猛烈に忙しい。新患の数が非常に多い。以前、九大精神病理の松尾正先生が、「診療で忙しくて本を読めない」とどこかでこぼすように書いておられた記憶があるが、松尾先生の苦悩がわずかながらも分かる気がする。
 診療に追われて勉強に回せる時間が少なくなっていたので、それをカバーしようとコーヒーをがぶがぶのんで読書や書き物などしていたら、コーヒーが切れると頭が痛くなることに気がつきだした。あれ、これはカフェイン依存ではないか、と感じて、あわててカフェイン入りの飲み物を断つことにした。すると、翌日から頭ががんがん痛みだし、異様に眠くて仕事にならないほどになった。これは、やばいんじゃないか、と思って、必死でカフェイン断ちする。一週間ほど禁断症状が続いたが、ようやく収まってきた。
 今回の顛末で、カフェインの怖さを思い知った。怖いですよ−、皆さん。こんなに怖い物質なら、うちの病院も施設内喫煙禁止だけでなく、施設内喫茶禁止にしたほうが良いんじゃないか。

 ということでペースダウンしながらも、いろいろ本は読んでいる。今はブロノフスキー、マズリッシュ著『ヨーロッパの知的伝統―レオナルドからヘーゲルへ』(原題はThe Western Intellectual Tradition -From Leonardo to Hegelで1960年刊、邦訳はみすず書房から1969年刊)を読書中。これはひじょーに面白い。にもかかわらず、現在この本は絶版になっている。うーむ、出版事情が厳しいとは言え、こんなに良い本が再版できないのか。どうなってんだ。
 内容は、ヨーロッパ思想史を政治や社会変動と絡めて多角的に描いた一冊で、その叙述のダイナミックさに感激させられ、また著者の博識ぶりにも驚かされる。
 ところでヴォルテールに関する次の一節。

 ヴォルテールとその友人たちがイギリスの分析的経験的な伝統を広めるのに力を尽くすまでは、フランスは主としてデカルトの理性主義に呪縛されていた。フランス思想の土台は今日にいたるまで依然としてデカルト的ではあるけれども、ニュートンの影響はその台を発酵させるパン種として歓迎されたのである。(p192)

 この一節で中井久夫先生の『西欧精神医学背景史』を思い出した。さっそく中井先生の本のBibliographyをチェックしたところ、やはりこの『ヨーロッパの知的伝統』を参照しておられるのを発見。ビンゴ−!中井先生の有名な「パン種」の比喩は、この本から来ているのではないだろうか。