現実=クソゲー論
多根清史著『教養としてのゲーム史』。ちくま新書。2011年刊。主に日本製のビデオゲームの名作をとりあげて、フリーライターの著者が解説を加えた一冊。インベーダーやパックマンなど、初期のゲームを懐かしく思いだしながら読んだ。
その中の一節。
この表現は、おもしろい。確かにゲームの中では、なんらリスクを背負うことなく英雄として活躍したり、罪悪感を感じずにエイリアンを攻撃したりできるけれど、現実の世界では、英雄めいたはなばなしい活躍ができることもないし、何か新しいことをしようと思っても、邪魔が入って思うように事がすすまないことばかりだ。
そう思うと、現実は確かにクソゲー、あるいは無理ゲーだともいえそうだ。『たけしの挑戦状』は、その意味においてリアルなゲームだったのかもしれない。たけし、おそるべし。
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情動と感情が生命体にはたす役割
アントニオ・R・ダマシオ著『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』。原書はLooking for Spinoza- Joy, Sorrow, and the Feeling Brain。2003年刊。邦訳はダイヤモンド社から2005年刊行。田中三彦訳。
情動と感情の生命体における位置づけとその果たしている役割について、米国の代表的な神経学者の一人であるダマシオが専門的視点から論じた本である。
まずダマシオは、生命体における情動emotionと感情feelingの位置づけについて次のように考えている。まず生命体は、命の基本的な問題を自動的に解決する装置−ホメオスタシス機構−を備えている。ここでいう基本的問題とは、エネルギー源の発見、エネルギーの取り込みと変換、命のプロセスに見合った体内の化学的バランスの維持、損傷部の回復による有機体の構造の維持、外部病原菌や身体損傷に対する防御、などである。このホメオスタシス機構は、生物進化の過程で非常に精巧なものになり、人間にいたって、この機構は次のような層を築くことになった。
一番下のレベルが、代謝のプロセス、基本的な反射、免疫系。中レベルが、苦と快の行動、そして動因drivesと動機motivations。そして一番上に、狭義の情動emotion-proper、その上に感情feelings。このうち情動については、彼は次の三つに分類している。まず背景的情動。次に、一次の情動primary emotion(恐れ、怒り、嫌悪、驚き、悲しみ、喜びなど)。最後に、社会的情動(共感、当惑、恥、罪悪感、プライド、嫉妬、感謝など)。
彼は、生命体をこのように層化してとらえているが、ただ彼が抱いている生命体のイメージは「高層ビルのようなリニアな」存在ではない。「高くなればなるほど複雑な枝が幹から出ているような樹木」を、彼はイメージしている。つまり単純な太い幹(代謝や反射など)が基層部にあり、そこから複雑に枝が別れでて、最後の先端部に情動や感情が位置しているイメージだ。そして、この複雑な部分と単純な部分の関係には、次の特徴が見られるという。
より単純な反応部分をより複雑な反応部分の構成要素として組み込んでいる、つまり単純なものを複雑なものの中に「入れ子式」に配置している。(p62)
このような生命体において、感情の果たす役割は以下のようなものになる。
彼は感情の基盤として、ニューラル・マップの存在を想定する。そして「命が依存している無数の身体機能を脳が調整するためには、さまざまな身体のシステムの状態が刻一刻表象されるようなマップが必要」(p229)だという。このマップを踏まえ、意識してホメオスタシス機構をコントロールできるようにするために、感情があるのだと彼はいう。
感情はたぶん、命の管理に脳が関与することの副産物として生じたのだ。もし身体状態のニューラル・マップがなかったら、おそらく感情のようなものは生まれなかっただろう。(p230)
さらにダマシオは、このような構造を想定した上で、人間がむかうべき一つの方向として、スピリチュアルな経験をとりあげる。(p362-364)
彼はそのような経験には、次のような特徴がそなわっているという。まずそれは「調和の強い経験、つまり有機体が最大可能な完全性をもって機能しているという感覚」だという。つまり、霊的なものとは、「よくバランスがとれ、よく調整され、よく計画された命の背後にある有機的組織のあらわれ」(p364)だという。
このような経験は、そこに喜びを伴うという点で、人間にとって有用なものである。さらに人間は、それを自ら喚起することができる。たとえば祈祷や儀式はそのようなものだろうが、そうした宗教的なものでなくとも、科学的発展について熟慮したり、すぐれた芸術を経験するようなことでも、霊的なものを喚起する刺激となる。
情動に関する脳科学の知見を、スピノザの著作と絡めつつ明快に描き出すダマシオの手腕はさすがだ。たいへん勉強になった。
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医療における個人情報取り扱いの状況
守秘義務に関する現在の状況について確認するために、厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」をチェックする。平成22年9月17日改正版と、このQ&Aを主に見る。
プライバシーについて考えるために、重要な点。まず診療録は、患者の個人情報というだけでなく、医師の個人情報という面もあることを指摘したところ。
また、例えば診療録には、患者について客観的な検査をしたデータもあれば、それに対して医師が行った判断や評価も書かれている。これら全体が患者個人に関する情報に当たるものであるが、あわせて、当該診療録を作成した医師の側からみると、自分が行った判断や評価を書いているものであるので、医師個人に関する情報とも言うことができる。したがって、診療録等に記載されている情報の中には、患者と医師等双方の個人情報という二面性を持っている部分もあることに留意が必要である。(p6)
そしてもう一つ、いわゆる事例研究における個人情報の取り扱いについて記したところ。
また、特定の患者・利用者の症例や事例を学会で発表したり、学会誌で報告したりする場合等は、氏名、生年月日、住所等を消去することで匿名化されると考えられるが、症例や事例により十分な匿名化が困難な場合は、本人の同意を得なければならない。(p7)
こうした規定の前提となっているのは、「自己情報コントロール権としてのプライバシー権」の考えだ。心理療法の事例研究も、当然ながらこの考えにそって行わなくてはならない。
秘密の心理
小此木啓吾『笑い・人みしり・秘密―心的現象の精神分析』(創元社、1980年刊)を読んでいて、印象的な一節に出会った。
そもそも秘密は、秘密にされる内容の如何によってではなく、むしろ、何ごとかを「秘密にしよう」とし、その「秘密を保とう」とする主体の”意志”の働きを、その本質としている。したがって「秘密」は、その主体の自己確立や自己維持の”意志”の顕現である。(pp111-112)
先日のプライバシーとまなざしの記事で、「舞台上で裸体を披露するストリップ嬢が、支度部屋を見られることを恥ずかしがる」事実を引いたが、この心理も、小此木先生の一節を用いて説明できそうだ。
つまり「見せる」場合には、そこで主体の意志によるコントロールが効いているために、基本的に恥や恐怖が生じない。しかし「見られる」場合にはコントロールが効いていないことが多いので、そこで恥や恐怖が生じる。ということなのだろう。
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原田憲一先生による記述現象学の評価
続けて、記述的精神医学関連の文献を読む。原田憲一『精神症状の把握と理解』、中山書店刊。2008年。この中に、ヤスパースの仕事についての積極的な評価の一節があったので引いておく。
しかし思うに、記述現象学が精神症状の抽出、概念化に重要な貢献をしたのに比べると、それ以後の精神病理学的成果は、精神症状の成因論として目覚ましいものがあったが、症状学に対してはほとんど寄与していないのではないか。症状学は記述現象学によって豊かにされ、その地盤を固められたといってよいが、それ以外の華々しい精神病理学は記述現象学で耕された精神症状学をそのまま使い、その上に立っておこなわれた議論である。(p12)
確かにそうなのだろう。
この本は、原田先生の篤実なお人柄がつたわってくるような無駄のない文体で、さまざまな精神症状が詳しく、そして明解に説明されている。大変よく書かれた本で、知り合いの研修医には一読を勧めたくなった。
原田先生には、『意識障害を診わける』という傑作があるが、既に絶版になっているようだ。みすずの精神医学重要文献シリーズで再刊してはくれないだろうか。
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ヤスパースの言う「記述」とは
「記述的精神医学」を理解する必要がでてきて、まずはヤスパースの『精神病理学原論』をチェック。1913年刊。みすず書房の西丸四方訳で確認する。本書の前半で、ヤスパースの基本的考えが説明されているので、そこを簡単にまとめておく。
脳と精神とのはたらきには相互関係があることは確かである。しかしそのつながりはまだわからないことがあまりに多い。だからこそ、「われわれはこの両端から進んで行く」(p18)必要がある。
しかし、精神を理解する際に、既存の神経学や哲学(ここでいう「哲学」は、おそらく観念論的な哲学のことを指している)を基盤にした考え方をすることはよくない。そのような先入見をもって精神を見ると、「狭い、貧弱な、死んだ心理学の考え方に陥ってしまう」(p26)からだ。
このような弊に陥ることを避けるためには、どうすればよいか。ここでヤスパースは現象学的な方法を精神医学へと導入することがよいと考える。既存の理論的体系を用いるのでなく、あくまで患者個人の心的体験を記述し、概念を与えていくことからはじめなくてはならない。
学問的にわかるということの第一歩は精神現象を一つ一つ別々に取出して区別をつけて記述することで、こうすると精神現象がはっきりと心の中に描き出され、規則正しく定った名前をつけられるのである。われわれは精神的な諸性質を、すなわち患者にとって何かが意識の中に与えられている様子を、できるだけはっきりと心の中に描き出すのである。こうして妄覚や妄想体験や強迫現象の様子、自我意識や欲求などのありさまを記述する。(p27)
あるいは、次のようにも書いている。
現象学の行おうとすることは、患者が実際に体験する精神的状態をはっきりとわれわれの心の中に描き出し、それに似たいろいろの関係とか情況に基いて観察し、できるだけはっきりと区別をつけて、しっかりと定まった術語をつけることである。(p41)
このような考えに基づいて、彼は第一章で主観的現象を概念化し整理し、第二章では、客観的にとらえられる精神症状の整理を試みている。
つまり、彼のいう「記述」という作業は次のようなものを想定していることになる。客観的現象については、「外部」から見て、それを言葉で記述し、概念化する。主観的現象については、「内部」から見る、つまり患者の体験をできるだけリアルに医師が心の中に描き出し、それを言葉で記述し、概念化する。このとき、いずれの場合でも理論的な先入見をもってはならない。
この本の後半でヤスパースは、「わかる」ことを「説明」と「了解」の二つに分類して議論を進めていくことになる。この部分も議論の多いところだが、これについてはまたの機会に。
精神病理学原論 | |
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自己意識の生起と視覚のかかわり
イーフ−・トゥアン『個人空間の誕生―食卓・家屋・劇場・世界』せりか書房。1993年。原題は、Segmented Worlds and Self. 1982. University of Minnesota Press.
もとはプライバシーはあまり意識されない社会があった。しかし空間が分節化され、個人空間が生じ始めるとともに、「自己意識」が芽生えはじめ、プライバシーという概念が浮上してくる。この本は、西洋近代化とともに自己意識が生じる過程を、多くの資料に依拠しながら歴史的に考察した著作。
興味深い思索に満ちているが、印象的だったのが視覚についての考察だ。いくつか引用しておく。
視覚は最も「冷たい」感覚である。それはわれわれの感情を刺激する度合いが最も少ない。視野はわれわれを包み込まないし、われわれは前にあるものしか見ることができない。・・・単に見えているだけでは、完全に所有していることにはならない。見ている人とみられている物との間には、物理的・心理的な距離が存在しているのだ。美しい顔や日没は感情を強く刺激するが、しかしどちらも触れることができないので、感覚上の距離が残るのである。(p167)
人間が自意識をもつことが可能なのは、脳と目のおかげである。・・・見ることが、個人的な行動として、すなわち自らの意志による主導権の把握や維持として経験されることが多いために、自意識の発達を促すということである。ほかの感覚は比較的受け身である。(p167)
視覚と思想には、いくつかの重要な共通点がある。まず、両者はともに明確さをもっている。われわれが目を開く時、音や匂いが拡散した環境は、空間にはっきりとした境界をもつ物体の世界に取って代わられる。同様に、われわれが意識的にものを考え始めると、曖昧さは明確さに道を譲り、われわれが理解しようとしているものは目の前に並んでいるように思われるのだ。したがって、われわれはそれを指して「You see?」と言えるのである。(p187)
プライバシー、そして見ること、見られることについて考える際に、これらの発想を頭にとめておくことは重要だと感じる。まだ自分の中で統合できないが、記憶にとどめておきたい。
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