プライバシーとまなざし

阪本俊生著『プライバシーのドラマトゥルギー―フィクション・秘密・個人の神話』。世界思想社。1999年刊。著者は社会学者。プライバシー侵害における「まなざし」について、多面的に論じた著作。ここでは二つだけ引用。 まずヴェレッキーの主張から。 プライ…

「プライバシー」に関する概論

仲正昌樹著『「プライバシー」の哲学』。2007年。ソフトバンク新書。 プライバシーという概念に関する歴史的考察を軸にして、その議論の展開をコンパクトに、しかし濃密にまとめた一冊。この著者ならではの力量がいかんなく発揮されていて、プライバシーにつ…

情動についての入門書

ディラン・エヴァンズ著『感情』。岩波書店、2005年刊。原題はEmotion。2001年刊。Oxford University Pressから刊行されているVery short Introductionシリーズの一冊。著者はイギリスの感情心理学者。 人間の情動に関する近年の知見を、多面的にわかりやす…

ジョン・スタイナーの恥に関する考察

John Steiner著『Seeing and Being Seen: Emerging from a Psychic Retreat』を読んだ。2011年、Routledge刊。彼の前著『こころの退避―精神病・神経症・境界例患者の病理的組織化』の続編ともいうべき本だ。 この本でスタイナーは、病理的組織化から抜け出る…

ウィニコットの臨床の問題点 

論文「D.W.Winnicott's Analysis of Masud Khan : A Preliminary Study of Failures of Object Usage」を読んだ。Contemporary Psychoanalysis, 34(1998): 5-47に掲載されたもの。 著者Hopkinsは、フィラデルフィア在住の分析家。攻撃性に関するウィニコット…

ボストン変化プロセス研究会著『解釈を越えて』

ボストン変化プロセス研究会著『解釈を越えて―サイコセラピーにおける治療的変化プロセス』。2011年、岩作学術出版社刊。ダニエル・スターンを主要メンバーとして含む、ボストングループの長年の研究をまとめた一冊。原題はChange in Psychotherapy: A Unify…

Brett Kahr著『D.W.Winnicott A Biographical portrait』(2)

引き続き、Brett Kahr著『D.W. Winnicott: A Biographical Portrait』から。 第二次世界大戦を契機に疎開児童や戦争孤児への関わりをはじめたウィニコットは、子どもを自宅で預かることを試みるようになった。預かった子どもは次第に激しい依存と攻撃的行動…

Brett Kahr著『D.W.Winnicott A Biographical portrait』

Brett Kahr著『D.W. Winnicott: A Biographical Portrait』を読んでいる。1997年のGradiva Award for biography受賞の一冊。まだ途中だけれど興味深いエピソード満載で、大変面白い。 クライン派がいかにウィニコットをきらっていたかの実例を四つほど。(pp7…

竹田青嗣著『近代哲学再考』

もう一冊、竹田青嗣の本を読む。『近代哲学再考―「ほんとう」とは何か-自由論-』。径出版。2004年刊。現代哲学の思想的空虚さを批判する著者が、近代哲学の流れを再検討し、現代においてもなお失っていないその重要性と意義をあらためて確認しようとした著作…

竹田青嗣著『言語的思考へ』

最近「意味」について考えているが、できるだけ原理的に考えようと、竹田青嗣著『言語的思考へ- 脱構築と現象学』を再読している。 竹田氏は意味を次のように説明する。 つまり、「意味」とは、言語記号に内属する対象指示性でもなく、個々人の内的思念、「…

福沢諭吉『新訂 福翁自伝』

岩波文庫の『福翁自伝』。1978年の新訂版。 仕事の中でいろいろと問題につきあたる中で、つい弱気の虫が起こりがちな自分を福沢先生に鼓舞してもらおうと、久方ぶりに再読してみた。この本にみなぎる彼の勇気と自信と豪放さに触れると、人からの評価や批判を…

大岡信著『日本語の豊かな使い手になるために』

大岡信著『日本語の豊かな使い手になるために―読む、書く、話す、聞く』、太郎次郎社2002年。大岡が「ことば」について縦横無尽に語り尽くしたインタビュー集。タイトルは気恥ずかしいが、中身は面白い。詩人の口から流れ出ることばについての洞察の数々は、…

講演録:災害時のこころのケアについて(2)

4 専門家につながるにはどうすればよいのか そのように専門家と協力すればよいということはわかった。しかし、現地でこころのケアの専門家にアクセスしたいと思ったときには、どうすればよいのか。そういう疑問が浮かんでくるものと思います。 その点につい…

講演録:災害時のこころのケアについて(1)

前置き 先日、ある方から「被災地で支援活動する予定のある一般の方を対象にして、被災者へのこころのケアに関する講演をしてほしい」と依頼されました。なんで私が、と思ったのですが、いろいろな行きがかり上、引き受けざるを得なくなりました。「緊急企画…

技術立国日本の精華

人から勧められて、以下の動画を見た。驚愕した。 これはすばらしい技術力だ。この機械、古川機工開発のSWITL(スイットル)という商品らしい。このベタなネーミングが、また泣ける。 うーん、ほしい。うちの病院の精神科に一台おいてもらえないだろうか。明…

支援されるかなしみやみじめさについて

引き続き、『災害の襲うとき』を読む中で、次の一節に出会ってはっとした。ある災害にまきこまれた人の発言。 他人の古着や不用品、それに鍋釜までもですよ。どうしてもそんな物をもらわねばならなかったんですが、腹が立って、恥ずかしくて・・・。でもそん…

被災者は「被災者」ではないということ

地震直後よくつけていたテレビは、もうほとんどつけなくなった。被災地に対して、ひどく侵入的な報道を繰り返しているのが、耐えられなくなってきたからだ。そのかわりNHKラジオをよく聞くようになった。淡々としたアナウンサーの語り口や、ゆったりした構成…

未来を信じること

東北での被害を知り、胸がふさがるような思いでこの3日間を過ごした。ふとしたときに僕の脳裏には、テレビでいくどとなく放映された映像−圧倒的な力で街を完全に破壊し尽くす津波の姿が繰り返しよぎってしまう。そして、僕のこころの深い部分では怯えと悲し…

プラトン著『ティマイオス』

ヨーロッパ思想の発展に決定的な影響力を与えた、プラトンの代表作の一つ『ティマイオス』を読んだ。プラトン全集12巻所収。訳者は種山恭子氏。岩波書店から1975年刊。 冒頭にソクラテスは出てくるが、すぐに引っ込んでしまい、その後ほぼ全編にわたってティ…

チャールズ・テイラー著『<ほんもの>という倫理』

自分自身に忠実であろうとする、つまり「ほんものauthenticity」であろうとすることの倫理的意義を問い直した一冊。翻訳は2004年、産業図書から。原書は1991年刊。著者チャールズ・テイラーは、「これからの正義の話をしよう」で一躍有名になったマイケル・…

フロイト著『無常』 

フロイト全集14巻(岩波書店)の『無常』(本間直樹訳)を読む。1915年執筆、1916年発表の小品。 フロイトは友人(ザロメと推測されている)と詩人(リルケ?)とともに、「花咲き乱れる夏の風景のなかを散歩」した。その際、詩人が「自然の美しさ・・・を…

聖アウグスティヌス『告白』

あけましておめでとうございます。 昨年は7月頃まで断続的に更新していたものの、いったん中断し、しかし12月から発作的に再開するという気まぐれなホームページ運営となりました。おそらく今年も、昨年同様、気ままな更新になると思いますが、お暇であれ…

今年、印象に残った本

ということで、はや大晦日。 今日はすごい雪だった。マンションの前の道路も雪が積もっていて、行き交う車もとろとろゆっくり走っていた。 ところが、突然がっしゃーんと大きな音がした。ベランダに飛び出したら、車三台の玉突き事故が起こっていた。 という…

フィリップ・アリエス『死を前にした人間』

年の瀬というのに暗い話で恐縮だが、フィリップ・アリエス『死を前にした人間』を読んだ。原書は1977年刊。邦訳は1990年、みすず書房から。 約550ページ、二段組みの巨大な書物ながら、その豊かな内容のの豊富さと論旨の明晰さゆえに、スムースに読み通す…

窪寺俊之著『スピリチュアル・ケア学序説』

過去に淀川キリスト教病院のチャプレンとして活動し、現在は関西学院大学神学部教授をつとめる著者が、スピリチュアル・ケアに関する内外の文献を総覧し、その概念の変遷や、ケアの実際に至るまで、幅広い情報をコンパクトにまとめあげた一冊。出版は2004年…

谷川健一著『日本の神々』

霊魂について調べる中で、谷川健一著『日本の神々』を読む。岩波新書、1999年刊。 まず古代日本におけるカミやタマの特性について、いろいろと考えさせられた。著者によれば、日本における原初の時代には、畏怖の対象となるものはすべてカミとされていた。し…

フローベール『ボヴァリー夫人』

年末を控えて、外来診療に追われる日々。ちょっと現実逃避したくて、小説に手を出した。 『ボヴァリー夫人』。フローベール、35才(1856年)の作品。伊吹武彦訳の岩波文庫版で。 自らの夢と愛欲に惑わされ、恋に生き、そして滅んでいく女性エンマの悲歌。愚か…

片口安史著『新・心理診断法』

「意味の生成」について考えるために、ロールシャッハテストを十分理解しておくことが重要ではないかと思って、片口安史『新・心理診断法』を再読。 僕はロールシャッハを理解しようと、今から20年ほど前に「関西ロールシャッハ研究会」というところに通った…

竹田青嗣著『言語的思考へ−脱構築と現象学』

20世紀哲学の中心的主題の一つである意味論の歴史的展開を、デリダの主張を中心軸に据えながら、多くの哲学者のあいだで生じた議論のエッセンスを著者独自の視点からまとめあげた一冊。労作といってよい内容で、非常に勉強になった。 精神科治療に従事してい…

『日本霊異記』を読む

今日は寒かった。凍結したフロントガラスから氷を削りとる手がかじかんで痛いほどだった。暖かい息を両手にくり返し吹きかけながら、作業にとりくんだ。 夜、『日本霊異記』を読んだ。新潮日本古典集成(1984)から。薬師寺の僧、景戒の撰述による日本最古の仏…